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2006年09月30日

影響を受けたCD その11

Steely Dan/Aja(スティーリー・ダン/彩 エイジャ)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00005HMFC/sr=1-18/qid=1159065658/ref=sr_1_18/249-6365212-9963522?ie=UTF8&s=music

学生時代このアルバムを初めて聴いた時の衝撃は今でも忘れられません。
メンバー・チェンジが繰り返され、最後にドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーという当初からの二人だけが残り、プロデューサーのゲイリー・カッツ、エンジニアのロジャー・ニコルズと共に作り上げた作品。
超一流のスタジオ・ミュージシャンに参加を呼びかけて作り出すサウンドは絶品としか言いようがありません。勿論、作品や歌唱が素晴らしいのは言うまでもありませんが・・・。

1977年に発売された当時、ジャケットも話題になりました。妖しい雰囲気でモデルの山口小夜子さんが写っています。
個人的には何度聴いても2曲目の「Aja」にノックアウトされます。作品、歌唱、演奏、音、どれをとっても約30年後の今でさえ輝きを放っています。演奏面では特にドラムスのスティーヴ・ガッドとサックスのウェイン・ショーター(あのWeather Reportのメンバー)の掛け合いが素晴らしいですね。
その他の曲も聴き所満載です。どの曲、どの楽器でも超一流奏者のオン・パレードですので、何の曲、何の楽器に耳を傾けても勉強になります。
足りない音は無く、余計な音も無い、見事な構築美。
このアルバムは世界のミュージシャンや音楽関係者に影響を与えていると思います。最高のスタジオ・ミュージシャンと共に作り上げるサウンドがどれほど美しいものになるか、どれほど完成度が高いものになるかの典型的なものだと思います。

2006年09月27日

影響を受けたCD その10

チック・コリア/マッド・ハッター
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0007OE2Q2/sr=1-1/qid=1157087006/ref=sr_1_1/250-9723132-8331458?ie=UTF8&s=music

ジャズに於けるマイ・フェヴァリット・キーボ−ディストはチック・コリアです。
彼は1970年代中頃に三部作のソロ・アルバムを発表したのですが、その最終作がこれ。
「不思議の国のアリス」を題材にしたアルバムで、万華鏡のようなカラフルな音世界を創っています。ジャズ、ロック、クラシック(現代音楽)など様々な要素が混じった、まさにフュージョンそのもの。
参加メンバーは実力者揃いで、特にこの頃のスティーヴ・ガッド(ドラムス)は彼の絶頂期にあたっていたのか、“ハンプティ・ダンプティ”でのドラミングはまさに神業(僕にとってスティーヴ・ガッドのプレイは、この“ハンプティ・ダンプティ”とスティーリー・ダンの“Aja”が双璧)。瞬間瞬間のパッションと魂。彼の叩く音からはどんな瞬間にでも、愛情と魂を感じます。こんな人は他に見あたりません。
そして、最終曲の“ザ・マッド・ハッター・ラプソディ”では、チックの最大のライバルにして、良き理解者のハービー・ハンコックも参加して、その素晴らしいエレクトリック・ピアノ・ソロを聴かせてくれています。このハービーの演奏は、ハービー自身のアルバムを含めた中でも最高との評価もあるくらいです。

このアルバムを初めて聴いた時に打ちのめされて以来、もう30年近く聴き続けていますが、今でも色褪せることなく美しい万華鏡のような音世界に誘ってくれます。このアルバムも僕にとって“無人島の1枚”に他なりません。

2006年09月26日

影響を受けたCD その9

ピンク・フロイド「狂気」(Dark Side Of The Moon)1973年発表
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=745558

僕にとってプログレ三部作(キング・クリムゾン「クリムゾン・キングの宮殿」、ELP「展覧会の絵」、そして当作品)の最後を飾るのがこれ。
プログレッシブ・ロックを聴いたことがない方が、いきなりこの「狂気」を聴くのは危険でしょうね。いきなりだと、おそらく訳が分からないと思います。
ただ、そういう訳の分からない物に限ってハマったら最後です。
このアルバムの冒頭のSE(効果音)は、もの凄い数の人たちに影響を与えているはず。このSEは心臓の音を表していますが、おそらくこれを聴いたら「夢の轍」の最初のSEも同様だと気がつくと思います。
その後も、様々な創意で埋め尽くされていて、現在だとサンプラーを駆使して比較的簡単に作ってしまうようなことも、この作品では丁寧に手作業(テープ編集)をしていると思われます。歌うようなギルモアのギター・ソロやスタジオ・ミュージシャンによるコーラスも特徴的で、感動的。このレコーディングに参加したコーラスの人たちは、レコーディング終了後スタジオで、この作品のあまりの美しさに皆で泣いたそうです。

この「狂気」から20年後、まさしのアルバム「逢ひみての」のレコーディングの前、エンジニアの鈴木智雄さんにこのCDを渡し(勿論、彼も持っていたそうですが)、これ以上の音空間、音場感をどうやって出すかを考えてもらいました。その結果、パーカッションの大半をステレオで録ったり、あらかじめミックスするときの定位(この場合は奥行き感)を想定したマイキング(通常よりもオフぎみに録ったり、オンとオフの両方を録ったり)をして試行錯誤を重ねました。まるで竜安寺の石庭の石のように歌や様々が楽器が広大な空間に浮いていて、それでいて全体で見事な調和を作り出しているイメージ。北海道から沖縄までの様々な場所をモチーフにして、日本を、日本の心を表現するアルバム「逢ひみての」のサウンド面で目指したのはこれでした(勿論、これだけではありませんが)。コンプレッサーでガチガチにされて奥行き感の無くなった日本の一般的なものと比べると、空間描写が独特で、スケールが大きく、表現もナイーヴなものになったと思います。

2006年09月25日

佐田玲子アルバム・レコーディング6

9/20は、午後1時から3曲の歌入れとエディットをして深夜の1:30に終了。

9/21には、このプロジェクトではご一緒してはいませんが、朝一番にエンジニアの鈴木智雄さんにお越し頂き、DG-28というアキュフェーズのヴォイシング・イコライザーをお借りし、スタジオのルームチューニングをして頂きました。これで安心してその後のミックスが出来るようになりました。御礼申し上げます。
調整後にベース、サックス、シンセのダビング、2曲の歌入れとエディットをやり、深夜の1:30に終了しました。

9/22は、白石幸一郎さんアレンジの3曲のミックス。朝の11時に始めて、2回の食事休憩は取ったものの、作業は深夜の2時半まで。帰宅したのは4時過ぎでした。
3時間くらいの仮眠を取って僕はMSコーラスの練習に向かいました。ピアノを弾きながら時々失神しそうになりました。

9/24は、アコースティック・ギターの巨匠・安田裕美さんアレンジの2曲のミックスなどを朝11時に始め、9/25の明け方の4時に終了しました。その昔、安田さんは夜中に酒をちびちびやりながら、シンセサイザーや音源などのカタログを見るのが趣味、とおっしゃってましたが、最近でもそうなのでしょうか。使っている音楽制作ソフトが同じだったりして、情報交換を時々やっていたのですが・・・。彼との付き合いは白鳥座の「DENEB」のレコーディング以来ですから、もう20数年になります。常にサングラスをかけているので怖いイメージがあるかもしれませんが、実際は心温かいフェミニストです。今回の仕事もさぞかし大変だったろうと思います。
ミックスをやっている隣のスタジオでは、佐田玲子がピアニストの白石幸一郎さんとステージのリハーサルをやっていました。

2006年09月23日

MSコーラス・コンサート

このところ連日、佐田玲子のレコーディングをやっていました。
今日はレコーディングがなかったので、MSコーラスの練習をやりました。
MSコーラスのコンサートが一月後に迫っています。残念ながら今日はピアニストさんが体調不良で休みでしたので、僕がピアノを弾かせていただきました。

以下にMSコーラスのコンサート・チラシの内容を記します。

MSコーラス・コンサート

平成18年10月28日(土)
開場14:00  開演14:30
場所 市川市男女共同参画センター7階(西消防署7階ホール)
入場無料

さだまさしさんの曲を歌い続けて21年目を迎えました。
今回は「秋」をテーマにした曲を歌います。
秋の日の午後、静かに流れる時間をお楽しみ頂けたら・・・と思っております。

曲目  秋桜 晩鐘 夜想曲etc.

ピアノ 古瀬安子
編曲・指揮 八野行恭

2006年09月19日

ライヴCD、ライヴDVDの制作、発売日、及びその発表について

さだまさしのライヴCDを発売した後、ライヴDVDのリリースを発表した頃、「DVDが出るのが分かっていたらCDは買わなかったのに」というような言葉を耳にすることがあります。
リスナーの皆さんの立場からすればごもっともだと思います。
リリースするかどうかや内容などの最終的なことを早い時期に発表しない制作者の心理や制作工程を理解していただくと、お分かり頂けるかもしれません。実際にはあえて発表しないのではなく、怖くて発表出来ないのです。

最新アルバム“美しき日本の面影”のレコーディング中に、このブログである程度詳しくレコーディングの模様を書きました。それから類推して頂くとお分かりになるかもしれませんが、ライヴCDやライヴDVDと言えど、当日に収録したものだけで作業が終了するわけではないのです。
音だけで言えば、コンサート当日に収録したものをスタジオ録音盤と同様にエディットし、ミックスするだけで約1週間、朝から深夜までの作業が続きます(これは1夜のコンサート分です。4夜ですと単純に4週間かかります)。CDにする場合は、その後、マスタリングという工程もあります(これはCD1枚につき、約1日。12枚組であれば、約12〜15日)。つまり3時間のコンサートを4日間やり、12枚組(フル収録で約12時間分)のCDをリリースするためには、コンサート当日以外のレコーディング作業が約40日かかることになります。

映像は同等かそれ以上の時間がかかると思います。
最終作業に近いMAという作業で、僕とレコーディング・エンジニアたちがミックスした音(CDをリリースする場合は、基本的にCDと共通のもの)を映像のテープあるいはハードディスクに入れ込み、映像と音をシンクロさせます。
DVDには、その後オーサリングという工程があり、これだけでも相当な時間がかかります。

CDにしても、DVDにしても、作業中のどこかで事件や事故が起きる可能性(収録したデータや音、映像が一部あるいは全部消えてしまうことだってあり得ます)があるわけですから、この一連の作業が終了する頃か、或いはある程度作業が進んで安心出来るまでは怖くてリリースの発表が出来ないのです。
そして音の作業の終了を待ってから映像の作業をしますので、どうしてもDVDのリリースの方が遅くなりますし、リリース発表のタイミングも遅くなる訳です。

2006年09月18日

佐田玲子アルバム・レコーディング5

ここ数日間、佐田玲子のアルバムのレコーディングでした。
9/12は、白石幸一郎さんのアレンジで2曲、安田裕美さんのアレンジで2曲をやりました。
白石さんのものは、アコースティックであまり声を張り上げないバラード・タイプのものと少しジャジーなもの。
安田さんのものは、ギターのストロークがメインで、打ち込みのパーカッションがカッコイイものと幻想的なものです。
9/13、14で歌と、今回初めてご一緒する「成山プロ」(初めてご一緒するお二人の名字の最初の文字を合わせたものです)アレンジの2曲の演奏部分をやりました。

今回の佐田玲子のアルバムのレコーディング準備期間中に、今年が玲子のデビュー25周年であることに気づきました。「白鳥座」のデビュー25周年ということでもあります。
7月にやったライヴで佐田玲子は、白鳥座のソング・ライターであった、たかひらゆたかさんの作品(1990年発表のもの)を歌いましたが、佐田玲子に合った見事なものであると再認識しました。
最近、土井晴人さんは、さだまさし携帯ファンサイトの仕事をやってくれています。
8/6の深夜に長崎・思案橋付近で、偶然、佐藤恵さん(旧姓阿部)と会いました。

こんなことが重なり、今回、たかひらゆたかさんに新たに1曲提供してもらい、別の曲で白鳥座にコーラスで参加してもらっています(コーラスのレコーディングは9/16夜だったのですが、まるで同窓会の雰囲気で、あっという間に20年以上の時が遡りました)。

2006年09月16日

影響を受けたCD その8

エマーソン、レイク&パーマー/展覧会の絵
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000AMZ206/sr=1-1/qid=1158108424/ref=sr_1_1/249-6365212-9963522?ie=UTF8&s=music
「ロシア5人組」のひとりであったムソルグスキーが、友人のハルトマンの遺作展に展示されていた絵にインスパイアされ作曲したピアノ組曲「展覧会の絵」は、独特な雰囲気、色彩感などを持っている。そしてこの作品に魅了され、インスパイアされ、現在までに様々な編曲作品も生まれている。

クラシック界では、古くはラヴェルがオーケストラ用に編曲したもの。指揮者のストコフスキーがオーケストラ用に編曲したもの。山下和仁のギター・ソロのもの。
最近では、ジュリアン・ユーが小編成オーケストラ用に編曲したものを、先頃お亡くなりになった岩城宏之さんがオーケストラ・アンサンブル金沢とおやりになっている(勿論、この他にも沢山編曲ものが存在する)。

少し毛色の変わったところでは、作曲家でシンセサイザーの大家でもある冨田勲さんが、ご自身が弾かれるシンセサイザーで多重録音するために編曲したもの。
そして、このエマーソン、レイク&パーマー(彼らを略してELPと呼ぶことが多い)によるこの作品、などがある。

このプログレッシブ・ロックの雄・ELPによるヴァージョンは35年前にライヴ・レコーディングされて現在に残っているもの。キーボーディストのキース・エマーソンが、元々ELPのリハーサル時の指ならしとして弾いていて、そのことがきっかけになって本格的にアレンジし、彼らのレパートリーとして組み込まれるようになったそうだ。
基本的にムソルグスキーのピアノ曲を、キーボード、ドラムス、ベースという編成にアレンジしたものではあるが、平原綾香さんの“Jupiter”のように歌詞を付けて歌っていたり、オリジナル曲を加えたりしている。特にグレッグ・レイク(前に紹介したキング・クリムゾンのメンバーだったが、キング・クリムゾンを辞めて、このELPを結成)がベースから生ギターに持ち替えて唄とギターのソロ・パフォーマンスをする“賢人”は絶品だ。聴き所満載、超絶技巧満載、テンションも高く、たった3人のライヴでこんなことをやってしまうなんて・・・。
ジャンルを超え、35年の時を超えて色褪せない作品だ。

2006年09月11日

最近聴いたCD 2

チャイコフスキー/交響曲第6番『悲愴』、『ロメオとジュリエット』原典版 曽我大介&東京ニューシティ管弦楽団
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1266809

昨日、このブログに書いた東京ニューシティ管弦楽団の演奏です。
元々、内藤彰さんが音楽監督ですが、最近、曽我大介さんが首席指揮者に就任されて、更に若返りを図っているように見えます。

「悲愴」の演奏はライヴ・レコーディングゆえに細かいことを言い出せばきりがないかもしれませんが、テンションが高く、感動的でした。
「ロメオとジュリエット」の原典版は初めて聴きましたので、比較することは出来ませんが、とても興味深く聴かせて頂きました。

尚、この「ロメオとジュリエット」の方のレコーディング・エンジニアは鈴木正昭さ んという方です。20年以上前に彼がまだ学生だった頃、音楽評論家のこすぎじゅんいちさん(現在は故人で僕の大学の先輩)から紹介されました。その後、彼は某放送局で、エンジニアとして音楽番組、その他を担当していて、まさしの曲が放送されるようにいろいろと工夫してくれていたようです。オーケストラ演奏会の収録はボランティアで協力しているそうで、先に書いた山本直純先生とも長い間懇意にしていたのをつい最近聞いて驚いています。最近もクラシックのコンサートに行ったり、飲みに行ったりしている僕の仲間のひとりです。

2006年09月10日

山本直純先生のこと 後篇

2002年6月18日の先生のご逝去に際し、まさしに追悼盤の制作を持ちかけ、「OK、やろう!」との返事をもらい、後日、先生の事務所である(株)オズミュージックの斎藤明社長を訪ねました。
斎藤さんからも快諾を戴き、具体的な話になりました。

その時点で未だCD化されてないまさしの曲で、先生とご一緒させて頂いたものは、“大きな森の小さな伝説”だけでした。
スコアを探して頂いたのですが、どこにも存在しませんでした。
結局、こちらで持参した軽井沢音楽祭の音資料からスコアおこしをすることになり、斎藤さんの知人を通じて某若手作曲家の方におこしてもらい、出来上がったスコアを僕がチェックさせて頂く、ということで進行することになりました。
最終的にサイズなどを少しだけ変更させて頂き、スコアが残されていた“聖夜”と共にレコーディングすることにしました。
尚、シングル・ヴァージョンの“大きな森の小さな伝説”には曲の冒頭に、まさしのアイデアで、軽井沢音楽祭で昔この曲をやった時の、先生とまさしの短いトークを入れました。

レコーディングの準備期間に斎藤さんから、「直純が晩年にかわいがっていたオーケストラがあるんです。出来たらそこを使ってもらえませんか?」と紹介されたのが、“東京ニューシティ管弦楽団”でした。
その時点では東京ニューシティ管弦楽団の皆さんと、まさしも僕も面識がありませんでしたので、より緊密な音楽的意思の疎通を図る意味もあり、ニューシティの音楽監督である内藤彰さんに指揮をお願いしました。

その後は、何度もレコーディングに、ステージに、東京ニューシティ管弦楽団の皆さんにご協力頂いているのは、さだまさしファンの皆さんもご存じのことと思います。
日本の音楽界に小泉チルドレンならぬ「山本チルドレン」が沢山いらっしゃって、先生の遺志が引き継がれていることを信じています。

山本直純先生の作品の一部を紹介します。
「山本直純CD選集〜人生即交響楽」
http://www.onsei.co.jp/naozumi/index.htm
「山本直純forever-歴史的パロディ・コンサート」
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=907821

2006年09月09日

山本直純先生のこと 前篇

もう30年以上も前のことですが、毎週日曜日にテレビの前に釘付けになり「オーケストラがやって来た」を観ていました。
その番組で山本直純先生が司会をされ、新日本フィルの皆さんや様々なゲストの方による素敵な音楽を楽しませて頂きました。

オーケストラの楽員の方々の生活を考え、オーケストラ音楽の普及、日本の音楽の将来を考え、音楽の底辺をひろげるためにはピエロのようになることもいとわずに先生は活動されていました。
その活動に見事にはまったひとりが僕でした。
そしてそれ以来すっかり、オーケストラを使った音楽にのめり込んでしまいました。

1999年にやった、さだまさしの「季節の栖」のレコーディング(“空色の子守歌”の作編曲・指揮)でも、すっかり先生にお世話になり、レコーディング終了後に握手して頂いたその手は、その笑顔と共に温かく穏やかでした。
また、その際には先生のスケジュール、ケア、その他で(株)エニーの安西範康社長にもお世話になりました。

2006年09月08日

無人島の1冊

前に「無人島の1枚」というタイトルで書きました。では「無人島の1冊」は何でしょうか。
これも迷いに迷いますね。

僕自身、文学は純文学からミステリーまで大好きですから、どのジャンルでも好みの作品があるので本当に迷います。

さだまさしファンの方々は、音楽好きというより、文学好きな方が多いのではないでしょうか。

「無人島の1冊」として、月並みかもしれませんが、宮本輝さんの「錦繍」を挙げます。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101307024/249-6365212-9963522?v=glance&n=465392

あなたの「無人島の1冊」は何ですか?

2006年09月06日

影響を受けたCD その7

ポール・サイモンの「Still Crazy After All These Years」(邦題:時の流れに)。
これはポールのソロになってからの3作目(ライヴ・アルバムを除く)。

1作目の1972年発表の「Paul Simon」では、彼のギターをサウンドの中心に据えながらも、S&G時代のハモるメロディを書かなければならない、というある種の序縛から解放されたところと、ヒット曲を期待された曲作りからも解放され、より個人的で私小説風の歌詞になっています。エンジニアはS&G時代からの仲間ロイ・ハリー。

2作目の1973年発表の「ひとりごと」は、ジャズの影響を受けたアメリカン・ポップスのオン・パレード。ベイシック・トラックの何曲かは、アラバマ州マッスルショールズのスタジオで録り、残りの作業をニューヨークやロンドンでやったようです。エンジニアはフィル・ラモーン。彼は後年、プロデューサーとしてビリー・ジョエルをスターダムにのし上げることになります。
余談になりますが、このマッスルショールズのスタジオで、マッスルショールズ・リズムセクションの人たちと一緒にやったサウンドの素晴らしさに触発され、後日、加藤和彦さんも自身のアルバム「それから先のことは」のレコーディングをここでやっています。
尚、この「ひとりごと」の英詞の日本語訳を三橋一夫さんという方が担当していらして、その訳が印象に残っており、後年僕が仕事を始めてから、音楽評論家の三橋一夫さんにお会いした時に、その話をしたら同一人物であることが分かりました。
このアルバムの影響を受けて、20年後にロンドンで弦を録音することになります。

そして3作目が1975年に発表した「時の流れに」。
これは、前作と比べると地味に聞こえますが、なかなかどうして味わい深い作品で、グラミー賞のベスト・アルバム賞(アルバム・オブ・ジ・イヤー)を獲得した名作。前作と同様、バック・ミュージシャンとして、あるいはアレンジャーとしてこのアルバムに参加していた人たちが、その後のアメリカ音楽界を代表する人たちになりました。
関わり合った人たちがそれぞれの役割を踏まえて、心を込めて一生懸命にやれば、こんなに凄いものが作れる、というお手本のようなアルバムだと思います。

その当時、僕はこれらのアルバムを聴いて、1作目から3作目への流れや、その進化などに感銘を受けましたが、反面、ポール・サイモンのその後が心配になりました。こんな完璧なものを作ってしまって、この後どうするのだろうかと。

2006年09月03日

影響を受けたCD その6

サイモン&ガーファンクルの「Bookends」
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1918525

このアルバムが発売された1968年はCDなどなく、LPのA面、B面に別れていた。
公園のベンチの両端に座る淋しげな2人の老人とそのベンチをブックエンドに例え(この映像を想像してみてください)、A面は少年期から老年期までを7曲で描いた組曲。B面はヒット・コレクション。

様々な人物の人生を描いたこの作品は、単なるポピュラー・ソングとはほど遠い、普遍的で繊細かつ深遠な世界を持っている。
コンセプト・アルバムがどれほど強いものであるか、このアルバムで教わった。

日本で1枚のアルバムを通して、様々な世代の様々な人生を描くことが出来、そして他の誰がやるよりもそれが説得力を持つ可能性が高い人は誰でしょうか?
その後、1985年にアルバム「自分症候群」を作ることになります。

2006年09月01日

影響を受けたCD その5

今回は影響を受けたCDと言うより、嫉妬したCDと言う方が正しいかもしれません。

新作を中心に構成し、時にはクラシック作品(のメロディ)に歌詞を付けて、あるひとつのコンセプトの元に集める。サウンドはポップスとクラシックの融合にし、癒し効果があり、きちんと聴こうとすると奥が深い、というもの。勿論、もうさだまさしでやってきたと言えなくもありませんが・・・。

こんなアルバムを作ろうとずっとイメージして来ました。ところが、先を越されてしまいました。やはり同じように考える人はいるものです。
それが「サラ・ブライトマン/ラ・ルーナ」です。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=937754

前作の“エデン”も非常に完成度が高く、ロンドン交響楽団と一緒にやっていて荘厳で魅力的なアルバムでした。この“ラ・ルーナ”の後の“クラシックス”もとても良く出来ていて、東京・池袋の懇意にして頂いているCDショップ「五番街」さんでは発売以来長期に渡りCDチャートの上位に居続けていました。この2作は、よりクラシカルなイメージです。
本作“ラ・ルーナ”は、幻想的で、神秘的で、癒し効果があり、温かく、感動的。
音質的には若干疑問の部分はありますが、全体的にものすごく良く出来ていて、完成度が非常に高いです。
嫉妬してます。

11曲目に“ラ・カリッファ”という曲が収録されていますが、この曲は元々、映画音楽の巨匠・モリコーネのインストゥルメンタル作品。
サラ・ブライトマンは、何度も何度もモリコーネに手紙を書き、歌詞を付けて歌いたいとの希望を伝え、何度も断られながら、ついには実現させたそうです。
こんなに素敵なメロディを書けるなんて・・・。
どうやったら、こんなに美しく感動的なメロディを書けるのでしょうか。