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山本直純先生のこと 前篇

もう30年以上も前のことですが、毎週日曜日にテレビの前に釘付けになり「オーケストラがやって来た」を観ていました。
その番組で山本直純先生が司会をされ、新日本フィルの皆さんや様々なゲストの方による素敵な音楽を楽しませて頂きました。

オーケストラの楽員の方々の生活を考え、オーケストラ音楽の普及、日本の音楽の将来を考え、音楽の底辺をひろげるためにはピエロのようになることもいとわずに先生は活動されていました。
その活動に見事にはまったひとりが僕でした。
そしてそれ以来すっかり、オーケストラを使った音楽にのめり込んでしまいました。

1999年にやった、さだまさしの「季節の栖」のレコーディング(“空色の子守歌”の作編曲・指揮)でも、すっかり先生にお世話になり、レコーディング終了後に握手して頂いたその手は、その笑顔と共に温かく穏やかでした。
また、その際には先生のスケジュール、ケア、その他で(株)エニーの安西範康社長にもお世話になりました。

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