« 影響を受けたCD その17 | メイン | 影響を受けたCD その18 »

日本史

仕事には直接関係ないのですが、600年代から700年代までの歴史に興味があります。もしかすると20年前に読んだ梅原猛氏の書籍「隠された十字架」あたりがきっかけになったのかもしれません。その本の内容の真偽は別として、その本もその頃の歴史もとても面白いです。

6〜700年代の歴史を調べていくと、壬申の乱における関ヶ原の戦略的意味、「美濃を制するものは天下を制す」という言葉がありますが「壬申の乱」から900年後の「関ヶ原の戦い」へのつながり、桃配山の由来と徳川家康、物部氏〜蘇我氏〜藤原氏への流れ、女性天皇の重祚の意味とその理由、歴代天皇の諡号などとても興味深いです。
2001年に奈良の薬師寺でやったライヴ・レコーディングの次の日、まさしから勧められて甘橿丘に登り、古人たちの生活や夢に思いを馳せました。

今日は趣味の話でした。

コメント

音職人はおこがましく思い、職人擬にハンドルを変えました。よろしくお願いします.私も梅原猛先生を敬愛している一人で著作は全部読んでいます。きっかけはやはり中学生の修学旅行の時に先生に勧められた「隠された十字架」でした。その後何度かまさしさんのトークやエッセイなどでも、梅原氏の著作についてふれられる事が何度かあり。「飛梅」「まほろば」等にみられる「さだ日本叙情世界」に共通項を感じておりました。
最近の氏の「縄文の思想」「森の哲学」「共生の思想」等もまさしさんの「平和・命・時間・家族」への考え方と共通するものが感じられます。まさに「美しき日本の面影」です。(梅原氏だけというわけではありませんが。)八野さんは趣味の話と言われますが、実際曲作りに立ち会われて、歌詞の中の「言葉」を選び抜き、磨きをかける上では、思弁てきバックボーンを共有される事も必要ではないでしょうか?八野さんのサウンド以外の部分でのご苦労もあるのではないでしょうか?そちらも、聞かせていただけると、うれしく思います。

音職人改め、職人擬さん、コメントありがとうございました。

僕が日本史を勉強することで直接会社が利益を受けることはありませんから、趣味と書いたんです。
でも、考えてみれば僕のこれまでやってきたこと、今あること、今していることのほとんど全てが趣味から発生したことなんです。

僕の個人的な例で申し訳ありませんが、小学生の頃から楽器を演奏したり、音楽を聴くのが大好きでしたので、中学生の時にテープレコーダーを買ってもらいました。少しでも良い音で聴きたくて、外付けのスピーカーを使いたくなり、ダイヤトーンのP-610という16cmのフルレンジ・ユニットを使ってエンクロージャーを作り楽しんでいました。これがオーディオへの第一歩でした。
その後、安価なステレオも入手したのですが、音質的にはP-610を使い適当に作ったものの方が好みでした。
クラシック、ロック、フォークなど内外の様々な音楽を聴き、どうしたらそのようなサウンドになるのか知りたくなり、和声の勉強をしたくて中学2年になった時に担任の音楽の先生(かなり早い時期からリトミックに取り組んでいらした方で、音楽の授業には頻繁に全国から見学者が来ていました)に頼み込んだのですが、見事に断られて仕方なく独学でやってました。その代わり、その中学にギター部を作ることには成功しました。
高校時代は友人とS&Gのコピー・バンドをやり、少しでも多くの情報をレコードから得たくて(聞こえにくいような楽器をどうやったら聴けるようになるのか、どんな音程でどんな楽器が重なっているかなど)、よりオーディオに傾倒すると共に、耳を鍛える意識を持って音楽を聴いていました。
大学時代は、より作編曲の勉強をし、ピアノを始め、オーディオの分野では故・長岡鉄男さんに影響され、いくつかのスピーカーを作り、最近流行のスーパー・トゥイーターも経験しました。同時にマルチトラック・レコーディングを始め、友人たちの自主制作盤のアレンジ、プロデュースもやっていました。高校、大学を通じてポール・サイモンのサウンドの作り方、韻を踏んだ歌詞の作り方、言葉の響きへのこだわりなどには特に感銘を受けました。同時に、日本語の響き、奥行き、色彩感などを意識し始めたのもこの頃でした。ここまでが学生時代です。
考えてみれば、学生時代からこだわってきたものが今の仕事の根底にあるのかもしれません。

さだまさしの曲作り、歌詞作りですが、ある1曲を作る時にメロディが先か、歌詞が先か、という問題があります。どちらが先の方がより優れているかどうかは判断出来ません。例えば、何かのテーマで曲を作るとします。全体的なテーマが決まった後、例えばメロディを先に作ります。その後、最初に決めたテーマに沿って歌詞を作り、メロディに当てはめていくわけです。その時、極めてミクロの部分で、メロディの一部とその時の言葉のイントネーションが合わないということはよくあることです。その時にどうするかはケース・バイ・ケースですが、この時にそのソング・ライターやそのスタッフの特徴が出るように思います。あるいはそんなことには頓着ない方もあるかもしれません。世の中にはメロディと言葉のイントネーションが合ってないもの、響きが合ってないものがありすぎると僕は感じているのですが、どうでしょうか。別に偉そうに言うつもりではなく、ただ単に感覚的なものなのですが・・・。実際にレコーディングの時に、まさしと僕は最終的に極めて短い単位でメロディ、言葉、サウンドの整合性を取るように常に意識しています。これは歌入れの時に、原点に立ち返ってひとつひとつ確認しています。時には「アクセント辞典」を使い確認します。これをしっかりやると最終的に理解しやすく、美しく、説得力のあるものになる可能性が高まります。具体例を挙げないと分かりづらいかもしれませんが、あまりはっきりしたことは公表したくない部分でもあります。

学生時代、歴史はむしろ苦手で学校で勉強したことの記憶はほとんどなくなってしまったのですが、今年になってなぜか歴史というか民俗学のような分野が気になりだしました。

梅原猛さんは「読みたい本リスト」に入っているのですがなかなか辿りつけず…
白川静さんの「中国の神話」は難しくてなかなか読み進めず…
網野善彦さんの「日本の歴史をよみなおす」は面白くて途中までガンガン読んだのですが、文中に出てくる宮本常一さんが気になりだして読書中断…
今は宮本常一さんの「日本文化の形成」を読み始めました。
全部、中途半端です(泣)

お返事ありがとうございます。
「世の中にはメロディと言葉のイントネーションが合ってないもの、響きが合ってないものがありすぎると僕は感じているのですが」に関してはまったく同感です。
かなり名前の通ったベテランシンガーの方の楽曲でもメロディに合わせるため、無理矢理文節を途中で不自然に分けている例もあります。あくまでたとえですが、ひとりぼっちと1フレーズのはずなのに、
ひとり〜 ぼっちじゃない の様に、ぼっちじゃないって日本語はないだろうと私の職場でも気になり仲間に「不自然だ。」と指摘したりするのですが、気にならない、または、何を言っているのか解らないという反応をする方も最近増えているようです。(もし例に出したものが不適切な場合は伏せて下さい。)

オーディオ初心者さんの情熱と感性があれば、どんな分野でも中途半端ではなくなると思います。

僕も頑張ってもう少し先に進みたいです。
音楽にしても、その他にしても、です。

職人擬さん、僕も同感です。

きっちりしたもののみを目指して音楽を作っているわけではありませんから、何が何でも、とは思いませんが、出来るだけ意味が分かりやすく、響きが美しく、と思っています。

これは僕にとってレーベル・カラーの一部なんです。勿論、こういうことを心がけている方は沢山いらっしゃるかもしれませんが・・・

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)