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2007年03月29日

クリスマス・ライヴ

今週は月曜日から水曜日まで都内某スタジオで、佐田玲子の昨年のクリスマス・ライヴのミックス・ダウンの日々を送りました。
なかなか関係者のスケジュールが合わなくて、たった3日間でエディットからミックス・ダウンまで。

今回もあまり睡眠時間が取れなくてヘビーでしたが、やはり最後のつめでクオリティは大きく変化し、満足感に浸りながら深夜(早朝)の首都高や湾岸線の光の中、早春の風を感じて帰宅していました。
いよいよ明日は神奈川県の某所(VHSの生誕地)で、このプロジェクトの音の最終作業です。

2007年03月25日

驚愕の事件

久々のオーディオネタです。
「Acoustic Revive」というブランドの電源ケーブル、ライン・ケーブル、水晶インシュレーターを3月初めから使っています。もう手放せなくなってしまいました。

僕は高校生の頃からオーディオでは「情報量が多くて、解像度の高い音」をずっと追求してきました。
当時は今ほど簡単にスコアなどの譜面が手に入りませんでしたし、サウンドの解説本などもありませんでした。
ですから、どうしたらそのサウンドが出来るのかを学ぶのは、ひたすらレコードから聴き取るしか方法がなかったのです。
それがたたってか今でもCDを聴くと、それが直接仕事で聴いているのではなくても、つい分析的に聴いてしまいます。

10年位前にオーディオ界で言う「電線病」にかかり、それこそお金を貯めてはケーブルにつぎ込んで来ました。それがつい2年ほど前まで続きました。
オーディオ雑誌の記事や広告などを参考に、「情報量が多くて、解像度の高い音」のしそうなものを購入すると、確かに満足出来る部分はあるにしても、ほぼ全てが音が固くなる方向にいきました。この何年か、セッティングや使いこなしなどで、どんなに自分の理想の音に向けて追い込む努力をしても、高域にある僅かな固さやピーク、フォルテシモの時にあるほんの僅かなうるささに悩んで来ました。

Acoustic Reviveさんの電源ケーブル、ライン・ケーブル、水晶インシュレーターでその悩みがほぼ解決しました。Acoustic Reviveさんの音は、元のオーディオ機器の個性は殺さずに、その機器の個性を最大限に生かして、正しい音(質感、位相など)へ導くものだと思いました。

音場は広大に拡がり、三次元の空間に音が飛び交い、音に固さはありません。透明度が高く、ホールトーンの細部まで分かります。その上、例えば「ここにハープが入っていたのか」とか、新たな音の出現に驚くばかりでした。情報量が多く、解像度が高いのに、わざとらしいエッジが立った音でもありませんでした。また、低域の音程が1オクターブ下がったのかと思うくらい、下まで素直に伸びているのにも驚きました。僕がスタジオでミックスの時に意識した楽器バランスがそのまま再生されますし、音の立ち方ととけ込み方のバランスが絶妙です。そして何より、音楽がより表情豊かになり、身も心もとろけてしまいそうで、すこぶる感動的です。
これは人間の血と演奏者の熱、音楽の魂を伝える音だと思います。

2007年03月24日

影響を受けたCD その62

サイモン&ガーファンクル/コンサート・イン・セントラル・パーク(DVD)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1917480

S&Gのふたりが1981年に再結成し、ニュー・ヨークのセントラル・パークでコンサートをした時のライヴ盤です。このコンサートの動員数は何と50万人です。
この頃、ヤマハに在籍してアコースティック・ギターの設計をされていたNさんはニュー・ヨークのポール・サイモンを訪ねてギターを手渡したそうですが、それがこのコンサートで使われている黒いボディのギターです。まさしもその頃、Nさんに何本もギターを作ってもらっていましたが、1990年に彼は自分のブランド「テリーズテリー」を起こして現在でも大活躍されています。

このコンサートには故リチャード・ティ、スティーヴ・ガッドなどかなり沢山のスター・プレーヤーが参加してS&Gのふたりを盛り上げています。このDVDの中に「レイト・グレイト・ジョニー・エース」という曲が入っているのですが、これは3人の偉大なジョニー(ジョン)を歌ったもの。1人目はロシアン・ルーレットで命を落としたリズム&ブルース・シンガーのジョニー・エース、2人目は暗殺されたジョン.F.ケネディ元大統領、3人目はこのコンサートの前年に射殺されたジョン・レノンです。ちょうどこの曲をポール・サイモンが歌っている時に、ポールに向かって人が乱入して来ます。ジョン・レノンのことが頭をよぎったのかもしれませんが、これにポールも周りも驚愕するところが映し出されています。ちなみにこのコンサートの模様はCDでもリリースされていますが、「レイト・グレイト・ジョニー・エース」はそのライヴCDには収録されていません。この後、ワールド・ツアーを行い、日本では後楽園球場と大阪球場でコンサートをやりました。
とにかく素晴らしい曲、歌、演奏の集大成だと思います。

2007年03月23日

影響を受けたCD その61

「明日に架ける橋/サイモン&ガーファンクル」
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1918522

S&Gの最後のアルバムで1970年に発表され、全米チャートで10週間連続一位を獲得し、グラミー賞を総なめした音楽史上に残る不朽の名作。
アート・ガーファンクルが映画の道に進み、撮影のために彼らのグループとしての活動がやりにくい状況が生まれたようです。ポール・サイモンはふたりの関係を修復させようとしたらしいのですが、スタジオで共にレコーディングする時間が極めて少なくなってしまいました。
そんな中でこのアルバムのレコーディングは進みました。不安と焦燥、わだかまりと緊張が交錯し、この完成度が高いアルバムが生まれました。

このアルバムには有名な曲がたくさん入っています。8トラックのテープ・レコーダーを2台シンクロさせてレコーディングした「ボクサー」、ソニーのリズムボックスを使って作った「いとしのセシリア」、フォルクローレの名曲に歌詞を載せて歌った「コンドルは飛んでゆく」等々。しかしやはりアルバム・タイトル曲「明日に架ける橋」のテーマ性と永遠性は群を抜くものでしょう。相手を思いやる大きな愛を歌ったこの曲は今でも世界中の国々の人に愛され、歌い継がれています。今でもこの曲に励まされている人も数多くいると思います。作者のポール・サイモンはアート・ガーファンクルが歌うことを想定して書いたそうです。曲を聴いたアートはポールが歌うことを提案したのですが、最終的にアートが歌うことになりました。また、その時点では2コーラス目までしか歌詞がなく、レコーディングする直前にアートがポールに3コーラスにすることを提案したそうです。それと並行してピアニストのラリー・ネクテルがピアノ・アレンジに取りかかり、あの名イントロが生まれ、アートのあの素晴らしい歌唱も生まれました。今聴いても、20代のアート・ガーファンクルの声のコントロールの仕方、表現力などに魅了されます。

2007年03月15日

影響を受けたCD その60

「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム/サイモン&ガーファンクル」
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1918530

このアルバム・タイトルは、このアルバムに収録されている大ヒット曲「スカボロー・フェア(詠唱)」のサビの歌詞の一部からとられたものです。
アルバム1曲目の「スカボロー・フェア」という曲はスコットランドの民謡が原曲とされています。それに詠唱の形で、全く別のメロディと歌詞を重ねています。メイン・メロディの部分では、昔の恋人に無い物ねだりをするような、現実にはあり得ないことを望むような歌詞、詠唱の部分では現実に行われている戦争を描写しています。つまり相反する世界を表現している訳です(それにしてもこのギター・アレンジはシンプルでうまく出来ていて最高ですね)。
本来のアルバム・ラスト曲(最近リリースされたものはボーナス・トラックが収録されているので最後のトラックではありませんが)は「7時のニュース/きよしこの夜」です。これはS&Gの透明感溢れるハーモニーで清らかな「きよしこの夜」が歌われ、そこにCBSのアナウンサーによって当時のベトナム戦争などの辛いニュースが読み上げられています。ここでも相反する世界を表現しています。

これと全く同じ手法(相反する世界の表現)というわけではありませんが、僕が関わったものでは、ひとつは田尾安志さんの「父の手紙ときよしこの夜」。「きよしこの夜」と津軽方言詩人・高木恭造さんによる詩と朗読(父の手紙)を重ねています。もうひとつは、さだまさしの「兵士の手紙ときよしこの夜」。「きよしこの夜」に、特攻隊の3人の方の遺書を、ご遺族の方々の了解を取ってまさしが朗読しています。この曲をミックス・ダウンした後、スタジオのアシスタントのアシスタントの男の子が、この曲をカセット・テープにコピーしながら泣いていたのが印象に残っています。

2007年03月14日

佐田玲子(白鳥座)コンサート

今日は佐田玲子 with 白鳥座のライヴが東京・六本木のスイートベイジルでありました。

1979年に結成し、何度かのメンバー・チェンジがありましたが、今夜は土井晴人が在籍した第2期白鳥座のメンバーでやりました。
メンバー4人が緊張しながらも、とても嬉しそうにしていたのが印象的でした。
当時からのファンの方々にとっては20数年の時が遡ったのかもしれません。お客様の笑顔や拍手がステージに立つものを輝かせます。そういう意味でも本当にお客様に感謝しています。ありがとうございました。

という訳で、次はちょっと宣伝です。

♪佐田玲子、白鳥座の音楽配信が始まっています。

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2007年03月12日

影響を受けたCD その59

「サウンド・オブ・サイレンス/サイモン&ガーファンクル」
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1918531

1965年の年末、ポール・サイモンはコペンハーゲンでS&Gの「サウンド・オブ・サイレンス」が全米一位の大ヒットになっていることを知ったそうです(前に何かで読んで、その記憶だけで書いていますので、間違っていたらすみません)。
急遽アメリカに呼び戻されたポールは、レコード会社の強い要望もあり、アートと共に新しいアルバムに着手しなければなりませんでした。そのため直前にレコーディングしていた「ポール・サイモン・ソングブック」に収録した曲が何曲か使われました。急遽作られたにもかかわらず、この完成度はたいしたものだと思います。
このアルバムの中からも、タイトル曲は勿論のことながら、「アイ・アム・ア・ロック」もヒットし、人気は不動のものになりました。

しかし少なくとも日本の当時のギター少年達にとって、このアルバムは別の側面も持っていました。それはこのアルバムに収録された「アンジー」という曲の存在です。これはポール・サイモンがイギリスで交流があったデイビー・グラハムという、イギリス・フォーク・シーンの立役者が作ったインストゥルメンタル曲です。この曲は当時のアコースティック・ギター少年にとって憧れの曲であり、僕も必死に耳コピーしたのをつい昨日のことのように覚えています。

2007年03月07日

影響を受けたCD その58

「ポール・サイモン・ソングブック」
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1867243

このアルバムは、1970年代にモノクロのダブル・ジャケットのモノラル盤、その後写真を替えてカラーのジャケットのステレオ盤のLPが発売されていた記憶があります。しかも発売されたのはイギリスと日本だけだったと思います。当時僕はモノクロ・ジャケットのLPを持っていました。
そして2004年に、遂にこのアルバムが初CD化された時には驚喜しました。

前回書きましたが、S&Gのファースト・アルバム「水曜の朝、午前3時」がセールス的に成功しなかったため、失意のうちにイギリスに渡ったポール・サイモンは、現地の様々なミュージシャンと交流しながら、曲を作り、ライヴ・ハウスなどに出演していました。そんな中で、このアルバムはレコーディングされました。

このアルバムはポールのギター弾き語りによるもので、おそらくダビングなしの一発録りだと思います。そのためギタリストとしての個性は全開、ヴォーカルも非常に生々しいものになっています。多分このあまりの生々しさ故にポールはアメリカで発売することを拒んだのではないでしょうか。

ここでは「私の兄弟」「サウンド・オブ・サイレンス」などが再びレコーディングされており、新しく作った曲も披露されています。後にエヴァ・キャシディが歌った「キャシーの歌」の最初のヴァージョンがここに入っています(尚、ジャケットにポールと一緒に写っている女性が当時の恋人キャシーだと言われていますが、真偽のほどは知りません)。
1960年代後半から70年代まで僕はギター少年でしたので、このアルバムは最高の教材のひとつでした。

尚、このアルバムの内容とは関係ありませんが、当初LPでリリースされた時のジャケット写真と、このCDのジャケット写真とで、ポールとキャシーとされている女性が左右逆に写っているのは、ポジの裏表をどちらかが間違えているのでしょうか。

2007年03月06日

白鳥座リハーサル

昨日(3/5)は白鳥座(佐田玲子)のリハーサルに行ってきました。

昨日、リハーサルを開始した時にはさび付いていたコーラスが、最後の頃にはしっかりとハモるようになってきました。
彼らにとって「白鳥座」は青春だったでしょうが、僕にとっても青春がいっぱい詰まったものです。
昨日の夕食後に、メンバーの高比良の一日早い誕生会になりました。
3/14のスイートベイジルを僕自身もとても楽しみにしています。

2007年03月02日

影響を受けたCD その57

「水曜の朝、午前3時/サイモン&ガーファンクル」
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1918534

ファンにとっては既知のことだと思いますが、小学生の頃から一緒に歌っていた彼らは高校生の頃「トムとジェリー」というグループ名でロックンロールのスマッシュ・ヒットを放っています(確かポールがジェリー・ランディス、アートがトム・グラフという芸名だったと思います)。

そしてその後、CBSと契約してこの「水曜の朝、午前3時」を1964年に発表します。このアルバムはフォークそのもののサウンドで、基本的にアコースティック・ギターと歌だけで作っているのですが、これが実に良い味を出しているんです。ボブ・ディランなどのカバーが半分、残りがポールの楽曲なのですが、もうこの頃から地味ながらも優れたソング・ライターであることが伺えます。

詩的なイメージが美しい「霧のブリーカー街」、美しいハーモニーの「ベネディクタス」、公民権運動をやっていて殺されたポールの友人へ捧げた「私の兄弟」、そしてあの「サウンド・オブ・サイレンス」のアコースティック・ヴァージョンなどが収録されています。

当初、このアルバムはヒットしたわけではありませんでした。失意のうちにポールはイギリスに渡り、様々なミュージシャンと交流しながらライヴ・ハウスなどに出演し、アートはコロンビア大学に戻りました(その頃ポールは大学では英文学を専攻しており、後に女性シンガー・ソング・ライターの第一人者になるキャロル・キングとクラスメートだったと言われています)。
しかしマイアミのあるラジオ局のDJが「サウンド・オブ・サイレンス」にドラムス、エレクトリック・ベース、エレクトリック・ギターを入れたフォーク・ロックのサウンドにすることをCBSに進言し、その結果当時S&Gのプロデューサーだったトム・ウィルソンが、S&Gにことわりもせずにそれらの楽器を重ねて作ったのが現在我々が聴いている「サウンド・オブ・サイレンス」だと言われています。
エレクトリック化された「サウンド・オブ・サイレンス」はついに全米チャート1位を獲得し、S&Gは大スターへの道を歩むことになりました。

余談になりますが、近年書店で「水曜の朝、午前三時」という、このアルバムと同じタイトルの蓮見圭一さんの書籍を見つけたので読んでみました。切ない愛の物語で、心に染みる素敵な小説でした。