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2007 夏 広島から

昨日の「2007 夏 広島から」に参加してくださった方々は3万2千人とのことでした。

気温もさることながら、あの強烈な日差しは物凄いものがありました。
特に東側のスタンドでご覧になっていたお客様は大変だったと思います。しかしながらお客様に当たる直射日光を極力遮ろうと球場の関係者の方が細工をしておられたというのは感動ものでした。
また、外野席のレフト側の端から始まったウェーブがライト側まで行き、一塁側内野席を通過して球場を一周したのは実に感動的な光景でした。

全国津々浦々からお越し戴いたお客様、そして関係者の皆様、お疲れ様でした。そして、感動をありがとうございました。
コンサートは、出演者側とお客様側との相互通行で作り上げるものであることを再確認した一日でした。

コメント

夏 広島から ありがとうございました。素晴らしいコンサートでした。私は三塁側でしたので早くから陽がかげり、一塁側の方々が気の毒で仕方ありませんでした。ステージ上はどうだったのでしょうか。
ウェーブには私も感動しました。野球の応援で参加したことありましたけれど、さださんのコンサートで「来た、来た!」と思いつつ、自分も波の中に飲まれる感覚、何とも言えませんでした。「どんなところにも人間は面白いことみつけるね」とさださんがおっしゃっていましたが、本当ですね。
さて、初公開の「51」、じっくりと聞かせていただきました。さださんが心に思うこと、そのまま歌になさったのですね。「炭坑のカナリヤ」でありたいと常々おっしゃっていたさださんの思いが伝わってきました。スタッフの皆様も暑い中、ありがとうございました。参加できて幸せでした。

Kiyokoさん、こんばんは。

野球の応援でウェーブをやったことはありますが、コンサートでは初めての体験でした。
僕はマスコミの方たちや、レコーディング・エンジニアの鈴木智雄さん、マスタリング・エンジニアの鈴江真智子さんと共に、バックネットの裏、三塁寄りにいました。

「51」はレコーディング中から、広島でお披露目することが決まっていました。
スタンドの皆さんが息をのんだように聴いてくださっているように感じました。

ありがとうございました。

わたしも、参加させていただきました。
書かずにはいられない気持ちでいっぱいです。
わたしは偶然にも正面1階ロイヤル席上の5列目という、大変いい席で参加することができました。
まさしさんの思い、いっぱいいっぱい受け止めたつもりですが、途中で、いったいどんな思いが心に去来しているのだろうか、充実感だろうか、喪失感だろうか…と考えると、なんだか涙が出てきました。
新曲“51”には、考えさせられました。以前から何度も口になさっていたこと、ついにここまではっきりと言わなければならなくなったという、まさしさんの焦りとも言える思いを感じました。

実は昨年ファイナルということで、稲佐山に参加し、その場でこの『長崎の原爆の日に広島で歌う』ということを聞き、絶対に参加したいという思いで1年間過ごしましたので、まさしさんの『満行』の場にいられることの幸せをかみしめていました。今ここで死んでもいい、と思ったくらいです。
何はともあれ、このビッグイベントに関わったすべてのみなさんに、お疲れさまとありがとうを言いたいと思います。本当にありがとうございました。
おそらく、また少しすれば、まさしさんはまた新しいチャレンジをし、わたしたちにうれしい驚きと刺激を与えてくださるものと思っています。
でも、ちょっとは休んでほしいですね。
八野さん、わたしたちファンにたくさんの情報を伝えてくださり、ありがとうございます。
長文でごめんなさい。

八野さん、皆さま、本当にありがとうございました。
私は先ほど広島から帰宅しました。胸いっぱいの想いでここに立ち寄りましたら、すでに八野さんからも皆さまからもお話があり感動です。私も何か言わずにいられません。
昨夜のコンサートで重い重い宿題をいただき、今日は原爆ドームと資料館を見学、そして帰りの新幹線で読んできた「長崎」の冊子の中にあったさださんの言葉、「達成感はない」に触れ、私はとても厳しい気持ちになっております。
さださんが、「達成感はない」とおっしゃたことに彼の深い願いを感じました。彼の達成感は、コンサートを何回続けたか、で得られるのではなく、真の意味での平和が確信できたとき、なのではないでしょうか。思想を強く意識した曲、メッセージが直接に表現されている曲は書かない、というのが昔のさださんだったと記憶しています。それが今回の「51」も含め、最近はハッキリと誰にでもわかる表現で、あるべき姿を主張する曲が増えました。今回の玲子さんもその路線で、私は胸をえぐられました。
このように路線を変更しなくてはならない、そこまで言葉にしなくては伝わらない、変わりそうにはない世の中になっていると、危機感を感じていらっしゃるのだと感じています。聞いていて苦しいけれど、でも直視しなくてはならない多くの現実、そこから決して逃げない、向き合っていく・・・そういうさださんの強い姿勢を、私もしっかりと受け継ぎたいと思います。これからも微力ながら支えさせていただきたいと思います。
会場で、「八野さんは、きっとここら辺だね」一緒に行ったさだ友たちと私たちの座席の下辺りを指差していました。私たちは三塁側2階席でしたから。あのウェーブは、本当に感動でした。お仲間のひとりになれて最高に幸せでした。
八野さん、本当にお世話になりました。素晴らしいコンサートを、ありがとうございました。

鳥取砂丘に立つラクダさん、ふれんどさん、コメントありがとうございます。

同じような内容のレスになりそうですので、一緒でお許しください。

コンサートにお越し戴き深く感謝しています。ありがとうございました。

何かに書いたような記憶があるのですが、30数年前にさだまさしに強い興味を持ったきっかけは「ポール・サイモンに似ている」ということでした。僕は熱狂的なポール・サイモン・フリークで、直截的な表現をしない彼のスタイルに共感していました。それと同じようなものを例えば「フレディもしくは三教街」に感じました。問題意識を持って一所懸命生きれば生きるほど心の葛藤や自己矛盾が生じます。そんな中で「前夜」が生まれ、「空缶と白鷺」が生まれ、「遙かなるクリスマス」が生まれ、「51」が生まれました。似たテーマを持つこれらの曲(歌詞)が、おふたりのおっしゃる通り段々直截的なものに変化してきています。これはまさしのスタイルを変化させなければ伝わらない世の中になって来てしまっている(のかもしれない)、ということです。これもおっしゃる通りです。

昨日の、レフト側外野席から始まったウェーブが球場を一周した後、「平和を希求する波」となって日本中に、いや世界中に届けばいいと思いながら見て、そして参加していました。

「夏・広島から 満行」私も娘と共に参加できたこと、さださん、八野さんを始め、暑い中のボランティアの皆さん、そして送り出してくれた家族に感謝です。駆けつけてくださったアーティストの皆さん、そしてさださんの魂のステージに、ただ感動の拍手を送るばかりでした。山崎さんの歌に娘は聞き惚れ、Septemberさんの透き通る声も心にしみて、BEGINさんの合いの手と踊りで一体感を感じ、要さんの「木蘭の涙」が思いがけず聴けてうれしくて、そして加山さんが11回も駆けつけて下さったことに感謝。コロッケさんがさださんもしてくれないかな、なんて思ったり・・・玲子さんとさださんの平和への願い、世の中への憤り、そして「51」に込めた想い。私達それぞれの心の中にきっと刻まれました。感動をありがとうございました。それから皆さんが退場なさる時まで忙しく走り回っておられた繁理さんの姿が印象的でした。この場をお借りしてお疲れ様でした。

アーニーズダックさん、こんばんは。

広島にいらしてくださったのですね。
沢山のゲストの方、そして何よりお客様方に支えられて長崎で20年、アンコールとして広島で今年やることが出来ました。
ありがとうございました。

さださんはもちろん、ゲストの皆様、八野さんはじめ、全てのスタッフの方に感謝いたします。
私にとって、最初で最後の「夏・広島から~」の野外コンサートは最高でした。ウェーヴもですが、アンコール曲で「幸せになろう。いつか必ず。幸せになろう。約束をしよう。♪」と皆様と歌った後、さださんが、「約束したよ。」(そういってくださったと私は記憶しているのですが・・・。)とおっしゃった時、胸が一杯になり、涙が溢れそうになりました。「幸せになるために懸命に生きてくださいね。」そんなメッセージを送ってくださっている気がして・・・。
皆様のおっしゃるように、「51」のように、より直接的な表現をしなければ伝わり難い世の中になっているのかもしれません。
でも、反面、こういうストレートな表現を正面から受け入れてくれる人、「自分の大切な人の笑顔を守るために何が出来るのか?」と考え、実行している人が、ゆっくり、少しずつではありますが増えてきているように感じます。それは、悪い事の伝わり方のくらべれば、じれったいほどゆっくりで、ほんの少しずつの歩みなので、目にはつきにくいかもしれませんが、以前、さださんがおっしゃった、「ボクは、人は知らず知らずのうちに、自分にとって良い方を選択していると信じています。」この言葉を、私も信じたいと思います。
21年間、平和について考えるだだっ広い間口を開き続けてくださった、さださん・ゲスト・スタッフの皆様ありがとうございました。そして満行をお迎えになり、お疲れ様でした。

私は息子と参加しました。ずっと「長崎から」へ行きたいと思いつつ叶わず、この広島にはどうしても!と思っていました。広島球場では息子と一緒に歌い、感動し、ウェーブがあの客席を巡ったときには嬉しくもあり涙もありました。次の日、息子とともに原爆ドームや資料館を回り、私も戦争を知らない世代であり、情報や知識としてしか知り得なかった原爆の真実を知り、息子とともにその時間を共有したことでさださんの言葉を改めて二人で噛み締めました。きっと、息子はいつか父親になった時に次の世代に伝えてくれるだろう、決して繰り返してはいけないことなのだと伝えてくれるだろう・・・今は離れて暮らす息子とのこのかけがえのない時を下さったさださん始め、皆様に感謝致します。本当にありがとうございました。

活水出身者さん、沙羅さん、コメントありがとうございます。

「2007 夏 広島から」に参加してくださったのですね。

「愛すること、思いやること、感謝すること」が平和へとつながってゆくのでしょうね。
こちらこそありがとうございました。

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