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影響を受けたCD その96

「寺内タケシとバニーズ/レッツ・ゴー運命」
http://www.hmv.co.jp/product/detail/620929

子供の頃にエレキ・ギターを自作し、そのギター・テクニックと音楽性で国内はおろか世界的にも評価され、「エレキの神様」と呼ばれる寺内タケシさんが作り、1967年に発表したクラシック・カバー・アルバム。

このアルバムの発表から4年後、中学の音楽仲間と共にこのアルバムに触発され、学内でバンドを組んで学園祭などで演奏していました。その頃、寺内タケシさんとそのグループのコピーをするアマチュア・ミュージシャンにとって、このアルバムの代表曲、ベートーヴェンの「運命」を寺内さんがエレキ・バンド用にアレンジしたものを演奏出来るかどうかは、ひとりのリード・ギタリストにとってだけでなく、バンド全体が優秀であるかどうかを判断するバロメーターのひとつだったと思います。
尚、この「運命」などで寺内タケシさんは1967年・第9回レコード大賞・編曲賞を受賞。この年はGSが大ブームで、レコード大賞のいわゆる「大賞」はジャッキー吉川とブルー・コメッツの「ブルー・シャトウ」でした。そういえば「ブルー・シャトウ」の替え歌も当時めちゃめちゃ流行りましたね。

1972年のあの「浅間山荘事件」の直後、バンド仲間と楽器やアンプを担いで1時間以上電車に揺られ、東京・初台で行われたテレビ番組のオーディションを受けに行きました。「中学生が『運命』を演奏出来るなんて!」と言われ、そのテレビ番組への出演が約束されていながら、エレキバンド・ブームの終焉と共に番組が無くなり、仲間と共に涙をのんだのをつい昨日のことのように覚えています。

寺内タケシさんの激動の人生とその交友関係は物凄いです。興味がおありの方は、ウィキペディアなどで調べてみるのもいいかもしれません。
数年前にサウンド・シティ(スタジオ)のロビーで、子供の頃から憧れだった寺内タケシさんとお話しをさせていただいた時には感激しました。

コメント

八野さん、寺内タケシさんとの出会い、とても良いお話ですね。

私も「運命」は良く覚えています。圧倒される演奏でした。寺内さんの演奏を生で聴いてみたいな、とずっと思っていました。
いつかテレビに出ていらしたときに、「肉が破れ、血が吹き出るほど練習をする。人はそれを天才と言う。」とサラリとおっしゃっていました。身を削る思いで練習を重ねた結果の演奏を、「天才」ということばでくくって欲しくない、という寺内さんの思いだと感じました。このことばには感動を覚えました。私が小さい頃華々しくテレビで活躍なさっていた方が、今でも演奏活動を続けていらして語ったことばだけに重みがありました。

それにしても中学生時代の八野さんとご友人のバンドは大変残念でしたね。そんなふうに番組の企画というのは時代の中でどんどん流れていくものなのですね。
そういう意味でもミュージック・フェアのような良質な番組がいつまでも生き残っていてくれるというのは貴重なことですね。
スタジオのロビーで寺内さんとお話されたときは、八野さん、きっと少年の瞳だったのではないでしょうか。こういう一瞬があるかも知れないから、人生は楽しい!素晴らしい!のですね~!

Kiyokoさん、こんばんは。

本当に「ミュージック・フェア21」は嬉しい存在です。これは仕事をやらせて戴いているからだけではなく、1リスナーとしても、です。NHKの「Songs」もそうですね。

寺内タケシさんの言葉、よく分かります。あのモーツァルトも、突然変異のような天才ではなく、当時としては最新の理論に触れたり、優れた教師につかせるように父親のレオポルトが最大限の努力をしたようですから・・・。

はい、寺内さんにお会いした時には、きっとネバーランドにいるような感覚だったと思います。まだまだやりたいことは沢山ありますし、お会いしたい人も沢山います。

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