« 反省するこの頃 | メイン | 憧れの楽器 1.「モズライト」 »

影響を受けたCD その112

ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」、第5番「運命」
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/指揮:カール・ベーム
http://www.hmv.co.jp/product/detail/687670

このCDは1977年3月2日の東京・NHKホールに於けるウィーン・フィル(指揮:カール・ベーム)のコンサートをライヴ・レコーディングしたもの。
30年以上も前のこの日のことは今でも鮮明な記憶があります。

夕方から自宅のオーディオ・システムの前に陣取り、コンサートが始まるのを今か今かと待っていました。このコンサートをNHK・FMが生中継していたのです。
オープンリール・デッキとカセット・デッキを用意して待っていた訳ですが、不安がひとつありました。
当夜の1曲目は「田園」だったのですが、この曲を演奏するには通常ほぼ45分を要します。
オープン・リール・デッキでの収録時間は問題ありませんが、カセット・デッキにセットしたテープが90分のもの(片面の収録時間は約46分)。120分のテープは薄くて耐久性に問題がありそうなので、使いたくはありませんでした。
ベームが出すテンポが遅ければ、テープには入りきれなくなる可能性があります。演奏が始まり、ドキドキしながら、録音レベルやテープの残量を気にしていました。
しかし途中から、あまりの演奏の素晴らしさに、意識は音楽だけに向かいました。
結果的にカセットの片面に収録出来、裏面には「運命」とアンコール曲を入れることが出来ました。そして当夜のあまりの演奏の素晴らしさに度肝を抜かれ、大きな感動を味わいました。

その後も長年に渡りそのテープを大切に聴き続けてきました。
それが何と25年後の2002年にAltusさんによってCD化されました(現在出ているものは2009年に再発されたもの)。
その日をどれ程待ったことでしょう。
FM放送をエア・チェックしてテープに録音したものよりも素晴らしい音質で、あの日のあの感動が甦ったのです。
このCDの解説で音楽評論家の宇野功芳さんは「田園」を絶賛なさっていますが、個人的には「運命」の演奏の凝縮力にも大いに惹かれます。
こんな素晴らしい演奏が、今から30数年前の一夜日本で行われたのでした。
このCDを入手した日に、ひとり静かに亡きカール・ベームとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に思いを馳せ、祝杯をあげました。

それにしても、このCD、2枚組で何と¥1,050という激安。Altusの斉藤さん、リスナーのためにありがとうございます。

コメント

八野さん、こんにちは
「田園」と「運命」は何度聞いても名曲だなぁと心から思える曲ですね。
カール・ベーム指揮のウィーン・フィルなら、文句なく素晴らしいでしょう。
FM放送を録音する、というのは私も記憶にあります。やはり、120分テープは絡む心配がある、ということを弟に聞いていましたので、できるだけ、良い音楽は90分テープに録音していました。さだまさしさんのコンサートがFMで放送されたものもいくつかテープに入れて楽しんだ思い出があります。テレビで放送されたものも、音源を録音して何度も楽しみました。軽井沢の音楽祭(多分そうだと思います。オーケストラとの協演でした。)で山本直純さんと協演してらしたものは「かじやポルカ」のキンコンという音をお二人で「丁々発止で」といいながら金槌で金敷をたたいて楽しそうでした。CDやDVDになっていないものでも、いろいろと工夫して一昔前は楽しんだものでした。

カール・ベーム指揮のベートーヴェン交響曲全集は、家族で愛聴しています。息子は二人の祖母を連れてドライブに行くときは、「田園」をかけて、道中も楽しむのだそうです。「何かをしながらCDを聞くのは、失礼」というご意見もありましたが、私は、こういう音楽の聴き方もあっていいなぁと思います。

Kiyokoさん、こんにちは。
コメントありがとうございました。

ベーム=ウィーン・フィルのベートーヴェンは定盤ですね(モーツァルトも)。特に「田園」はワルターのものやクリュイタンスのものと並んで定評がありますね。

ドライブなどでCDを楽しむのは素敵なことですね。
購入したものをどういう風に使って楽しむかはユーザーの方々の自由ですし、Kiyokoさんのおっしゃる通り色々な楽しみ方があった方がむしろ良いと心から思います。

音楽を聞く(聴く)目的の違いだと思います。
例えば「田園」の場合、全体的に心地良く聞きたい場合は、ゆったりと音楽に身を任せればいいですし、BGMで充分というか、かえってその方が良いと思います。
「小川のせせらぎ」の部分をベートーヴェンはどう表現したのか、嵐がやって来るところはどうなのか、光がどう射しているのか、ハーモニーがどのように推移して、どのような転調が行われているのかなどを聴き取りたい時には、BGMでは不可能だと思います。

職業柄か僕はどのCDを聴く時にも、どちらかと言えば後者のように分析的に聴く癖がついてしまっています。
一般的に、個人的な「好き嫌い」の判断をするならどのような聞き方でも良いと思いますが、特に音楽を生業にしている人が「善し悪し」の判断をするなら対峙して聴くべきだと思います。

個人的には、CDを聴く時にも「一期一会」と心得て聴くと、それまでの数倍の感動を得ることが出来ました。かえって時間の短縮にもなりました。
ですから当然のことかもしれませんが、音楽からより深い感動を得たいのであれば、「ながら」ではなく、対峙して聴いた方が良いと思った訳です。

八野さん、こんばんは

コメントへのお返事ありがとうございました。音楽に対する姿勢、気持ち、というのは大変興味深いお話です。そうですね。おっしゃることはよ~くわかります。確かに、目的によって聴き方も使い分ければいいのですよね。

音楽は聴くときのこちらの精神状態できこえ方が変わってくるものだと思うことがよくあります。心で感じるものなのですね、きっと。

Kiyokoさん、おはようございます。
コメントありがとうございました。

はい、心で感じるものだと思います。

音楽がしあわせな人生を送るためのパートナーになったら素敵なことですね。

八野さん、こんにちは

このページの内容とは関係ないのですが、きょう、「いのちの理由」シングルCDが届きました。
チョロの音色が素敵です。CDの写真もとてもいいですね。さだまさし博覧会のポスターがいいなぁ、と思っていたら、あの写真がCDの写真に使われていて、嬉しい限りです。大切な一枚にします。素敵なCDをありがとうございました。

Kiyokoさん、こんにちは。
コメントありがとうございました。

「いのちの理由」のシングルCDをご購入いただきまして、ありがとうございました。

5/29にこのブログに書いたものがようやく世に出ました。

お気に召して良かったです!

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)