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それから先のことは・・・

今日は2週間ぶりにMSコーラスの練習があった。ピアニストさんが休みだったので、仕方なく自分でピアノを弾いてきた。「花咲きぬ」「それぞれの旅」の練習を終えて携帯電話を見ると「留守電あり」の表示が・・・。
外に出て留守電を聞いてみるとエンジニアの鈴木智雄さんから「加藤和彦さんが亡くなった・・・」と。
加藤和彦さんは言うまでもなく日本のポップス・シーンを長年牽引してきた大御所のひとり。

小学校高学年の冬、通っていたスケート場にはいつもGSやフォーク・ソングが流れていた。そこに彗星の如く登場したのが「ザ・フォーク・クルセダーズ」の「帰って来たヨッパライ」だった。当然、夢中になった。テープ・レコーダーを使い、「帰って来たヨッパライ」ごっこに興じた覚えもある。これが僕の「レコーディング」の原点。
「フォークル」解散後に彼は「ミカ・バンド」を作り、ロックの分野でも活躍。加藤和彦・ミカ夫妻、高中正義さん、小原礼さん、高橋幸宏さんという超豪華メンバーだった。
そしてミカ・バンド解散後に彼はソロに転じ、リリースしたアルバムが僕の大好きな「それから先のことは・・・」(1976年発表)。後に結婚することになる作詞家の安井かずみさん(1994年に他界)と組んだ最初の作品でもあった。
このアルバムはポール・サイモンの「ひとりごと」に影響を受け、アメリカ・アラバマ州のマッスル・ショールズのスタジオで録音されたもの。プロデュースは加藤和彦さん自身と新田和長さん(新田さんはサークルは僕と異なるけれど学校の大先輩。「海は恋してる」という曲の作曲者であり、ザ・リガニーズのメンバーのひとりだった方)。

先ほどから僕の部屋ではずっと「それから先のことは・・・」が流れている。
加藤和彦さん、みんな残念がっています。どうぞ安らかにお眠りください。
合掌。

コメント

八野さん、大変ご無沙汰いたしております。
久々にお邪魔しての話題が、こんなに悲しいものになるとは・・・

私は、恥ずかしながら、加藤和彦さんの音楽をそれほど追ってはおりません。
しかし、おっしゃるように、まさに彗星の如く、の言葉どおり、
彼ら「ザ・フォーク・クルセダーズ」 の登場は実に衝撃的でありました。
ええ~~っ?!こんな音楽、あり~?!
あの時の、あっ気にとられた感、今でもハッキリ覚えています。

また見た目も三人三様、あの何ともアンバランスなバランス、
それに、北山修氏が、京都の大学の医学部、ということも大変な驚きでした。
何もかも、当時の基準から大きくかけ離れていた人々でしたから。

デビュー時「ザ・フォーク・クルセイダーズ」だったのが、しばらくしてから、「イ」がなくなって、「ザ・フォーク・クルセダーズ」となり、それになかなか馴染めなかったことなど、
とても懐かしく思い出されます。

加藤和彦さん、安井かずみさんご夫妻、とても仲が良くいらっしゃったようですので、
奥さま亡くなられた事、とてもお辛かったのではと、ずっと思っていました・・・
本当に残念なことです。

私からも、心をこめて
合掌

こんにちは
昨日の昼頃、インターネットで突然の訃報を知り驚きました。風貌から最も自ら命を絶つことと無縁の方のようであり、坂崎さんと(和幸)とユニットで久々に姿を拝見したりして相変わらず意欲的だなと思っていたこの頃でした。 八野様同様、フォークルでその存在を知り拓郎の“結婚しようよ”や歌謡界でアグネス、梓みちよ“夜会服で”、拓郎“サマルカンドブルー”、岩崎良美等、安井かずみ夫人とのプロデュース作品が自分を楽しませてもらいました。自身の「それから先のことは」の“シンガプーラ”は安堵感を与える声が素敵です。
「音楽でやることが無くなった」という言葉は加藤さんだから言えるのかもしれませんが、これからだったような気もします。売れるものだけが素晴らしいのではなく、加藤さんの数字では表わせない業績は多大だったと思います。
 数多くの遺作品を聞くことで加藤さんを偲びたいと思います。有難うございました。 

凛さん、まっちゃんさん、おはようございます。
コメントありがとうございました。

ホントに「帰って来たヨッパライ」のインパクトは凄かったですし、彼はその後の音楽に多大な影響を与えましたよね。

また彼は奥さんをとても愛する人だと聞いたことがあります。安井かずみさんしかり、中丸三千絵さんしかり。
安井かずみさんが亡くなったショックは相当なものだったようですね。

音楽作りの厳しさ、大変さは想像を絶するもの。心ある人は自分の生命を削って作っています。
酷な言い方ですが、加藤さんにはもっともっと続けて欲しかった。トップランナーとしてもっと続けて後進に道を示して欲しかった。でもこれは僕の我儘でしょうね。
残念でたまりません。

本当に残念な訃報でした。
音楽の世界にいらっしゃる八野さんはなおのことでしょう。

子どもの頃、私の町の市民会館で歌うフォーク・クルセダーズをきいたことがあります。普通の速さで、普通の声で歌われる「帰ってきたヨッパライ」は、不思議だったのを覚えています。

「あの素晴らしい愛をもう一度」は大好きです。加藤さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。 

Kiyokoさん、こんにちは。
コメントありがとうございました。

「帰ってきたヨッパライ」は本当に不思議な曲で、ショッキングなことが数多く含まれていますね。
まずテープ・レコーダーのスピードを半分にして録音し(当然テンポも半分にして)、ギターと歌を入れています。それをノーマル・スピードで再生すると、あの「声」と「ギター」になります。台詞には大げさなリバーブを使い、効果音や木魚、お経、更にはラストで「エリーゼのために」まで使っています。
これだけでもかなり変で、インパクトがあるのに、極めつけは「ミ」と「レ#(ミ♭)」を繰り返し使ったメロディとそこに「ミ」と「レ#(ミ♭)」を同時に鳴らす本来禁則であるはずのコードを使っています。これによって普通ではあり得ない効果を上げています。これら全てのアイデアには脱帽です。

加藤さん、フォークル関連には「あの素晴らしい愛をもう一度」、「悲しくてやりきれない」、「青年は荒野をめざす」、「イムジン河」、「戦争は知らない」、「白い色は恋人の色」、「初恋の人に似ている」など素晴らしい曲が沢山ありますね。

八野さん、こんばんは!
私も昨日i-modeのニュースの見出し『「あの素晴らしい愛をもう一度」の加藤和彦さん自殺』にとてもびっくりして開いて見てしまいました。「あの素晴らしい愛をもう一度」を中学生の時合唱で歌ってから北山修:作詞、加藤和彦:作曲の文字でお名前を覚えた私ですが本当に素敵な曲で大好きです。沢田聖子ちゃんの「卒業」「あなたへのバースディ・カード」アニメ映画マクロスの主題歌「愛・おぼえていますか」大好きでした。「ザ・フォーク・クルセダーズ」時代は生まれてはいたものの幼すぎて存じ上げない私ですが、ベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」The 4/9のライブで(あっ、この曲聴いた事ある)って思いました。この曲も加藤さんだったのですね。「帰って来たヨッパライ」「悲しくてやりきれない」「イムジン河」懐メロ(?)番組か何かで見た事ありますが素敵な曲ですね。本当に残念でなりません。

八野さん、おはようございます。

加藤和彦さんの訃報、本当に驚きました。
ここに取り上げてくださった楽曲はどれも印象に残る作品ですね。
「帰ってきたヨッパライ」は衝撃的でした。
ど~やったらこんな声が出るのだろう…と思っていましたが、何年か後に「テープの早回しである」ことがわかり、納得した事を覚えています。
「あの素晴しい愛をもう一度」
中学校のクラブ(合唱部)で、少人数アンサンブルの練習曲として私たちのグループが選んだ曲でした。
今でももう一度歌ってみたい!と思う曲です。

もっと素敵な曲をいっぱい聞きたかったです…。
心から、ご冥福をお祈りいたします。

おめめさん、たまさん、こんにちは。
コメントありがとうございました。

「あの素晴らしい愛をもう一度」を合唱で歌った方は多いでしょうね。

今年12月にリリースするチキガリのアルバム「Blend」に、当初は加藤和彦さん北山修さんコンビのある作品も候補曲のひとつとしてリストアップしていました。

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