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2010年06月12日

予感 最後に

こうやって書いてきてみると案外収録に使った日にちが少ないように感じるかもしれませんが(もしかすると書いてない日にちもあるかもしれません)、この他にも膨大な時間を曲作りだけでなく、出来上がったの詞曲のチェック、本番の歌入れの数日前に実際にマイクの前で歌いながらやる歌詞とメロディのマッチング具合の確認、各種エディット、ミックス・ダウンなどに費やしていますので、毎日朝から深夜までの作業が続きました。
まさしを始め、あのような状況の中で実に皆よく最後まで頑張ったものだと思います。

個人的には作品面、音楽面、音質面へのこだわりはいつも通りでしたが、特に今回はビジュアル(ブックレット)面でのこだわりが2つありました。

ひとつはギターのクレジットをするに際して、いつものように「Acoustic Guitar」などとするだけではなく、楽器のモデル名、弦のモデル名まで入れました。
ひとつのテイクを録り終える毎に、楽器担当の小松クンに確認して資料を作りました。時折、まさしから「コンサートをやっていて最前列に若い男の子がいると、俺を見るよりもギターを弾く指を見ているんだよね」と聞くことがあります。ギターを愛する人たちがある程度以上いらっしゃることを考え、今回のようにギターにこだわったアルバムでは上記のようなクレジットをする方が良いと思い、我儘を通させてもらいました。

もうひとつは「色」です。
お気づきの方は多いと思いますが、今回のアルバムには全曲の歌詞に「色」を入れ込んでいます。
最初に「何もなかった」と「つくだ煮の小魚」(詩は井伏鱒二さん)の2曲が出来上がりました。「何もなかった」の「紅」が印象的でしたので、まさしと一緒にこもっていたブースでそういう話をすると、「今回のアルバムでは全曲に色を入れようか?」とまさしが言いました。「是非そうしましょう」と応えた瞬間、ふたりで顔を見合わせました。そうです、何十年も前から既に存在する井伏先生の名作「つくだ煮の小魚」はどうだったかに思い至ったのです。
すぐさまふたりで確認すると、何と「あめ色」と書いてあります。
これは予定調和というか、運命みたいだ、という話になりました。
後日、「色」がひとつの隠しテーマのようなものである今回のアルバムには、ビジュアル面でそれを暗示するように各曲のページをその色のイメージにするようレコード会社のスタッフにお願いしました(各楽曲のミュージシャン、使用楽器などのクレジットを表記した資料に確認のために各曲に入れた色の名前も入れてレコード会社に渡していました)。ちなみに、おぐらひろかずさんの「予感」というタイトルの絵を使わせて戴くことにこだわったのは、まさし本人です。

今回のアルバムでも素晴らしいアレンジをしてくださった渡辺俊幸さんだけでなく、日頃からギターや歌をどのようにして良い音で録るか、どうしたらリアリティのある音が録れるかを考えてもらい、試行錯誤を繰り返してもらっているレコーディング・エンジニアの鈴木智雄さん、遠藤 等さん、マスタリング・エンジニアの鈴江真智子さん、前代未聞のあれだけ大変なエディットを毎日深夜まで一緒にやってくれたアシスタント・エンジニアの西山 潔さんに随分と助けてもらいました。
また、それぞれの曲のまさしのギターを録る前に、楽器担当の弊社小松一英クンから「どんな音のイメージのギターがいいですか?」と聞かれ、そのイメージを伝えるとすぐさま、その曲のイメージに合いそうなギターや弦を中心に用意してくれました。彼の助け無しには今回のアルバムのレコーディングはあり得ませんでした。
そして特に今回、CDを聴いて戴くと、目の前でギターが演奏され、歌が歌われているようにお感じになると思います。これはエンジニアの皆さんの日頃の努力だけでなく、機材を提供してくださったAcoustic Reviveの石黒 謙さんのお陰でもあります。

お陰様で今回のアルバム「予感」は一生忘れることの出来ないものになりました。
関係者の皆さん、ありがとうございました。
このアルバムを聴いてくださった方々に、この「予感」が愛されることを願ってやみません。

2010年06月11日

予感 3

“私は犬に叱られた”
3月下旬にまさしがスタジオ入りした時、「あのさ、今日ね、犬に叱られた夢を見てさ」と話し始めました。
それが実際の曲になったのですが、それに輪をかけるようなとんでもなく素晴らしい弦のアレンジを渡辺俊幸さんがしてくださいました。
3月27日にレイン・ソング・ギターを録り、弦のダビングは4月9日に、松原正樹さんのギターは4月10日、歌入れは4月12、13日にやり、ミックス・ダウンは4月23日にやりました。
13日にいったんまさしも僕も満足出来る歌入れが出来ました。まさしがコントロール・ルームに戻ってきそうになりましたが、ふと思い立ってスタジオのドアのところまで僕が走っていって、もう1テイク更にテンションが高いものをお願いしました。まさしは快く応じてくれ、その結果1テイクでは終わりませんでしたが、物凄い歌を録ることが出来ました。やはりこうしたその場の“ノリ”的な集中力というか、凝縮力は凄いものがあると再認識しました。

“茨にもきっと花咲く”
これから旅立つ人に向けた応援歌になるように作りました。
3月17日にレイン・ソング・ギター、12弦ギターを入れ、4月2日にトゥリー・オブ・ライフや例のパーカッションを入れ、4日に一本茂樹さんのウッド・ベース、朝川朋之さんのハープ、桑山哲也さんのアコーディオンを入れ、7日に歌を入れました。
そしてミックス・ダウンは4月21、26日に。
まさしの希望により、レコーディングでもミックス・ダウンでも全体的にフィル・スペクターのサウンドを意識したものにしています。

“静夜思”
唐の詩人・李白の作品に触発されて作った実に味わい深い作品になっていると思います。個人的にはこういう作品は大好きです。
未だかつてこの曲ほどレコーディングでリテイクを繰り返した作品はなかったように記憶しています。
3月7日に最初のギター(トゥリー・オブ・ライフ)を録り、4月6日にガット・ギターを、7日に歌を入れ、14日にベイシックのギター(トゥリー・オブ・ライフ)を差し替え、15日に歌を差し替え、22日にギターを差し替え、歌を差し替え、26日にイントロやエンディングのギター(ハーモニックス)を追加した後、三度目の差し替え、ミックス・ダウンは28日。この曲が一番最後までやっていた曲です。
個人的には、特にこの曲の空気感、温度感、立体感、世界観への思い入れが強く、曲のイメージを解りやすく表現しようと、レコーディング、エディット、ミックス・ダウン、マスタリングでこだわり抜きました。

“予感”
アルバムのタイトル曲になったこの曲は一番最後に詞曲が出来上がったものです。
4月3日にトゥリー・オブ・ライフを入れ、9日に弦とハープを入れ、10日にギターを差し替え、12日に歌を入れ、23日にミックス・ダウンをやりました。
「片恋」で始まり、「予感」で終わりますが、そこまで聴いてきてみると「片恋」に戻って行くことが解ると思います。もしかするとこんな風に「人を想う」気持ちは永遠にループするのかもしれません。

2010年06月10日

予感 2

“つくだ煮の小魚”
まさしのライナーに詳しく書いてあると思いますが、20数年前、井伏鱒二さんがご存命だった時に、井伏先生の詩にメロディを付けさせていただくことになっていたもの。
まさしが曲作りに悩みに悩んだ今回のアルバムで、最初に作られた作品です。
この“つくだ煮の小魚”と“何もなかった”は3月4日に最初のレコーディング(収録)をしています。
この曲も「トゥリー・オブ・ライフ」を使って弾き語り風に作っていますが、実際には最初にギターを入れ、後に渡辺俊幸さんの弾くチェレスタを入れ、4月5日に歌を入れ、ミックス・ダウンは4月22日にやりました。
特にこの曲はギターと歌の響きの美しさが際だっていると思います。
当初はこれがアルバムの1曲目の候補でした。

“思い出暮らし”
ささやかな暮らしの中で、一所懸命に生きて、ひとつひとつの物事を大切にし、愛情を持って生きて行くと、素敵な思い出が残ると信じています。
この曲は今回のアルバムの中で一番賑やかで華やかなサウンドになっています。
まさしは「その橋を渡る時」とは異なるレイン・ソング・ギターを弾いており(3月5日)、その他にも例によって決して楽器ではないものを叩き、それをパーカッションにしていたり、カズー、サイレン・ホイッスルなどもやっています(3月6日)。
リコーダーとパンフルート(正式にはパンパイプ)を旭孝さんに、チェロを堀沢真己さんに、ウッド・ベースを一本茂樹さんにお願いしています。
この曲を含めて4月5日には何と4曲も歌入れをしたのですが、これはオリジナル・アルバムとしては画期的なことです。これはその日の声のコンディションが良かったことの証左です。ミックス・ダウンは4月21日に。
この曲の歌入れが終了し、コントロール・ルームに戻るやまさしは、サビの「思い出暮らしの方が〜」という部分を、「年金暮らしの方が〜」と歌って皆の笑いを誘っていました。

“冬薔薇”
今回のアルバムのアシスタント・エンジニア氏はこの曲のような別れを体験したらしく、レコーディング中さかんに「ぐっと来る」を連発していたのが記憶に残っています。
ここでもまさしはレイン・ソング・ギターを使い絶妙な3フィンガーを披露しています。このリズムはちょっと聴くと簡単そうですが、16分音符が跳ねているため実際に弾いてみるとじつに難しいものの代表格です。ですからこの曲をギターで、音の粒立ちを揃え、しかも正確に弾きこなすのは至難の業だと思います。
ギターは3月14日に、渡辺俊幸さんのチェレスタを4月5日に、歌を4月9日に入れました。そしてミックス・ダウンは4月25日に。

2010年06月09日

予感 1

ひとつ前の「ビートルズとベルリン・フィル」は、アルバム「予感」に対する僕にとっての総論のようなものですが、これからは各曲について少し触れたいと思います。
レコーディングに於ける様々な細かいことをお知りになりたくない場合は、どうぞパスしてください。

“片恋”
「片恋」と聞いて思い出すのはツルゲーネフでしょうか、それとも北原白秋でしょうか。僕は不勉強にしてどちらもよく知りません。恋愛に限らず「人を想う」基本は「片恋」であるように思っていますし、楽曲の内容ばかりでなくタイトルにも惹かれました。
この曲が出来上がりつつある時、まさしに聴かせてもらって、膝を叩きました。
この曲こそがまさしと僕にとって今回のアルバムに欲しかったものであり、これからも歌い継がれるであろう作品に思えたからです。
当初はベイシックのアルペジオを弾くギターをガット・ギターで録音しましたが(3月15日)、4月10日にスチール弦のトゥリー・オブ・ライフ(Martin D-45 DX)で録り直しました。
結果的に大成功だったと思います。
尚、ガット・ギターのリード・フレーズもまさし自身が弾き、チェロは堀沢真己さんにお願いしました。
歌入れは4月9、12、13日。そしてミックス・ダウンは4月24、25日。
普通はサビ前にメロディがいったん途切れるものですが、この曲はそういう構造にはなってはいません。特にその近辺をいかに美しいものにするかが、まさしや僕の歌入れやエディット時の最大の関心事でした。
タイトルの通り、より滑らかでピュアで美しいものを目指してこの曲は何度も録り直しました。

“その橋を渡る時”
「賽は投げられた」という言葉と共に有名なルビコン川をモチーフにして曲を作りました。
普通だとまさしがギターを弾きそうもない曲ですし、何よりも彼のレコーディング史上初めて彼がエレキ・ギター(Rain Song JZ1000)を弾いています(3月8、9、11日、4月13日)。
パーカッションは例によって、まさしがスタジオの中に入り、スティックを手にうろうろしながら様々なものを叩き、まさしや僕らが気に入った音に出会うと、すぐさま録音して行きました。それらを組み合わせてパターンを作って行きました。
クロマチック・ハープ(ハーモニカ)を西脇辰弥さんに、アコースティック・ギターのリードを松原正樹さんに、ウッド・ベースを一本茂樹さんにお願いしました。
歌入れは4月5、15日。そしてミックス・ダウンは4月25日。

“何もなかった”
実体感があるような無いような不思議でありながら、意味深い作品のひとつでしょう。
今回だけでなく近年のレコーディングで大活躍している「トゥリー・オブ・ライフ」という名のマーティンD-45 DXを使い、「DADGAD」(ダドガド)と呼ばれる変則チューニングにして弾いています(3月4日)。
ギター(のコード)を聴いていると、物凄く複雑で難しいことをやっているように聞こえる筈です。実際にも難しいことをやってはいるのですが、それよりも遙かに難しく聞こえるのはその変則チューニング故のものです。聴き続けて行くと不思議なサウンドでありながらも何とも心地良いものになっているとお気づきになることでしょう。
Tin Whistleと呼ばれる小さな縦笛を旭孝さんに、チェロを堀沢真己さんに、ハープを朝川朋之さんにお願いしました。
歌入れは4月5日。そしてミックス・ダウンは4月24、26日。

ビートルズとベルリン・フィル

何故こんなタイトルなのか意味不明ですよね。
異論はあるでしょうが、言うまでもなく両者はそれぞれがロック・バンドの最高峰とオーケストラの最高峰です。

そしてこれは今回のさだまさしのアルバム「予感」を作っている時の僕の抱いていたイメージ、というか、実感です。

ビートルズが活躍した時代はシンセサイザーが出始めの頃であり、現在のようにやろうと思ったことを何でも出来る時代ではなかったと思います。
そんな中で彼らは様々な実験を繰り返しながら、ジョージ・マーティンと共に自分たちにしか出来ない新しいことをやり遂げました。自分たちだけで出来ることは何でもやり、出来ないことだけ外部のミュージシャンに協力を要請しました。
今回の「予感」でも、シンセサイザーなどの電子楽器は一切使わずに、ギターからパーカッションまでまさしひとりで出来ることは何でもやりました。
例えばギターは曲作りをしている最中に、まずまさしとどのギターが相応しいと思うかディスカッション。本番では楽器担当の小松クンに何本かのギターを用意してもらい、実際にまさしが弾いて、どのギターにするかこちらで決めさせてもらって録音をスタート。パーカッションは、本来楽器ではないもの(スタジオの壁、箱、指揮台、ソファ、更にはビックカメラの袋まで)をまさしがスティックやマレットで叩いた音を録音し、それを僕やエンジニアが音をセレクトし、まさし本人も納得した音をエディットし、シーケンスを作って行きました。

ベルリン・フィルは1970年代後半、ポップスと同じようにマルチトラック・レコーディングし、なおかつ複数のテイクを録り、それらをつなぎ合わせて演奏もバランスも完璧なものを作っていました。勿論、音楽監督のカラヤン自らが望んだことであり、自分が先頭を切ってエディットしていたそうです。
世界最高レベルのベルリン・フィルが、更に高いレベルの完成形を目指してカラヤン、プロデューサー、エンジニアたちが磨きをかけていた訳です。

今回の「予感」には、まさしや僕らスタッフのアイデア、創意工夫などが詰まっていると思います。

2010年06月08日

レコードの聖地!?

僕にとって渋谷はレコード(CD)の聖地だ。
あまり褒められたものではないけれど僕は高校時代、時々学校帰りにIというクラスメイトと共に渋谷にレコードを買いに行った。
その頃はまだHMVもタワーレコードも出来てなかったが、渋谷にはいくつかの輸入盤(当時は外盤と呼ばれていた)ショップがあった。いくつかのショップをはしごしてお目当てのものや見知らぬものを物色するのが好きだった。

高校2年生の時の土曜日だったと思うが、例によって国立駅から渋谷の輸入盤ショップに向かう僕らは中央線の電車の中でひとりのラテン系外国人に声をかけられたことがあった。
片言の英語で会話をすると、どうやら新宿で映画を観たいので案内して欲しいとのこと。少し危険な香りがしないでもなかったが、僕らはふたりだったことを良いことに案内することにした。
新宿で電車を降り、歌舞伎町に案内すると(初心なはずの高校生が歌舞伎町を案内出来るというのも何だか変だ)、まずランチが食べたいと言う。僕らも食べてなかったので一緒に和食系の店に入った。焼き海苔を見て、彼は「日本では紙を食べるのか?」と驚いていた。海苔が紙ではないことを説明するのが大変だった。
そして、いくつかの映画館に案内し、日本語でしか書いてなかったものを雰囲気で(?)英語で伝えたように記憶している。
その後、友人と僕は渋谷に向かい、僕はビートルズの赤盤だか青盤のアメリカ盤を買ったように思う。当時、アメリカ盤とイギリス盤では音が違うことが解っていたが、高校生だった僕は音の良いイギリス盤を買うだけのお小遣いは持ってなかった(ビートルズなどイギリスものはイギリス盤の方が音が良いが価格は高い)。

今日、HMV渋谷店が閉店するとのニュースを見て、こんな事を思い出して、聖地の地盤が緩むのを感じた。
これからは不意に渋谷で時間が出来た時に向かう先がひとつ減ってしまう。とても残念だ。
HMV渋谷店さん、今までどうもありがとうございました。

HMVさんの・・・

今朝のインターネットのニュースによるとHMVさんの旗艦店である「渋谷店」が8月中旬に閉鎖になるとのことです。このことにショックを受けているのは僕だけではないはず・・・。
今日日あまり実際の店舗でCDを購入するような時代ではないのかもしれませんが、とても残念なことです。とは言っても僕の場合も、実際のHMVさんの店舗で購入する何倍ものCDやDVDをHMVさんのインターネット・サイトから購入しています。

上記のニュースが流れた今日、HMVさんのサイトでは、「さだまさしストア」が誕生しました。興味のある方はご覧ください。URLは下記の通りです。
http://www.hmv.co.jp/select/sada/

2010年06月04日

3つのプロジェクト

タイトルの通り、3つのプロジェクトが同時進行しています。

ひとつは「まさしんぐWORLD2010」のパッケージ商品化(詳細は未定)。
エディットは先週無事に終わり、今週頭からはずっとミックス・ダウン。
ただし1日は朝からとある放送局のスタジオに入り、まさしの出演する某番組の音楽(サウンド)チェック。それが夕方に終わるとレコーディング・スタジオに移動し、ミックス・ダウンに参加。
このままトラブル無く進めば今夜終了します(ただし今後数日間のマスタリング作業は必要)。
後片付けをしてからスタッフ全員で美味しいビールでも飲みたいところです(こんなこと書くとさぞかし飲兵衛のようですが、僕自身はビール1杯しか飲めません)。

あとの2つは先日このブログに書いた、フォンテックさんのCDと全音楽譜出版社さんの楽譜です。
5月頭からは連休や週末になるとそれぞれのプロジェクトの校正やエディット、ミックス・ダウンのチェックに追われ、ほとんど休みが無いまま週明けから会社の方のプロジェクトに戻るというパターンの繰り返しです。

そしてMSコーラスでも元会長のために何か内輪のイベントをやろうということになり、3つのプロジェクトの合間をぬって、MSコーラスのアレンジにも時間を割いています。

日毎に高さを増しているスカイツリーを横目で見ながら深夜にタクシーで帰宅しているのですが、憔悴しきった姿にタクシーの運転手さんからも同情される始末。
さあ、これを乗り切って7月からは次のプロジェクト! 頭を切り換えて頑張ります。