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予感 2

“つくだ煮の小魚”
まさしのライナーに詳しく書いてあると思いますが、20数年前、井伏鱒二さんがご存命だった時に、井伏先生の詩にメロディを付けさせていただくことになっていたもの。
まさしが曲作りに悩みに悩んだ今回のアルバムで、最初に作られた作品です。
この“つくだ煮の小魚”と“何もなかった”は3月4日に最初のレコーディング(収録)をしています。
この曲も「トゥリー・オブ・ライフ」を使って弾き語り風に作っていますが、実際には最初にギターを入れ、後に渡辺俊幸さんの弾くチェレスタを入れ、4月5日に歌を入れ、ミックス・ダウンは4月22日にやりました。
特にこの曲はギターと歌の響きの美しさが際だっていると思います。
当初はこれがアルバムの1曲目の候補でした。

“思い出暮らし”
ささやかな暮らしの中で、一所懸命に生きて、ひとつひとつの物事を大切にし、愛情を持って生きて行くと、素敵な思い出が残ると信じています。
この曲は今回のアルバムの中で一番賑やかで華やかなサウンドになっています。
まさしは「その橋を渡る時」とは異なるレイン・ソング・ギターを弾いており(3月5日)、その他にも例によって決して楽器ではないものを叩き、それをパーカッションにしていたり、カズー、サイレン・ホイッスルなどもやっています(3月6日)。
リコーダーとパンフルート(正式にはパンパイプ)を旭孝さんに、チェロを堀沢真己さんに、ウッド・ベースを一本茂樹さんにお願いしています。
この曲を含めて4月5日には何と4曲も歌入れをしたのですが、これはオリジナル・アルバムとしては画期的なことです。これはその日の声のコンディションが良かったことの証左です。ミックス・ダウンは4月21日に。
この曲の歌入れが終了し、コントロール・ルームに戻るやまさしは、サビの「思い出暮らしの方が〜」という部分を、「年金暮らしの方が〜」と歌って皆の笑いを誘っていました。

“冬薔薇”
今回のアルバムのアシスタント・エンジニア氏はこの曲のような別れを体験したらしく、レコーディング中さかんに「ぐっと来る」を連発していたのが記憶に残っています。
ここでもまさしはレイン・ソング・ギターを使い絶妙な3フィンガーを披露しています。このリズムはちょっと聴くと簡単そうですが、16分音符が跳ねているため実際に弾いてみるとじつに難しいものの代表格です。ですからこの曲をギターで、音の粒立ちを揃え、しかも正確に弾きこなすのは至難の業だと思います。
ギターは3月14日に、渡辺俊幸さんのチェレスタを4月5日に、歌を4月9日に入れました。そしてミックス・ダウンは4月25日に。

コメント

八野さん、こんばんは。
毎晩、帰宅後、アルバム「予感」の世界に浸っています。
引き続き、偏った感想ですが綴ってみます。
「つくだ煮の小魚」
井伏鱒二さんとのコラボレーションに安岡章太郎さんがかんでいたとは驚きました。先にもコメントしましたが、この曲のD-45は本当に素晴らしい音で鳴っていますね。とりわけ1弦の音が最高に美しく際立っています。8分でタラタラタラっと降りてくるフレーズの美しいこと。チェレスタがユニゾンで鳴っていても、それに隠れることなく、むしろチェレスタと見事に響き合って心地よいしあわせ感が…。このアルバムの中でもっともギターの美しさが感じられる作品かも知れません。さださんはフィンガーピックでこのギターを演奏されたのでしょ?サムピックはともかく、他の指のフィンガーピックの弦へのアタック感がとても自然で、こすれた、なるい感じの鳴りではなく、生の指でしっかりとしたタッチで(しかし硬すぎず)弾いたようにきこえます。自分でも普段アコギの収録をして作品を作っているのですが、生ギターの収録って非常に神経を使います。そして演奏も全ての音を正確に、美しく奏でることはたとえ平易なアルペジオであっても決して容易ではないことを知っています。それだけに今回のさださんのギターワークは、様々なオカズや聴かせ処を加えて、それらを正確で美しい音による演奏で、非常に高い演奏能力と、ギターアレンジの巧みさが見事に結実したものになっていると思いました。さすがさださんですね!高域が中心のギターにもかかわらず、低域スカスカの物足りないサウンドに聴こえないのは、おそらくさださんのボーカルの厚みが低域を十分にカバーしているのではないかと。ギター一本でもボーカルの豊かな響きがこの曲をより味わい深くしているのだなと思いました。

「思い出暮らし」
この曲はこの春50才を迎えた私への戒めのようにも聴こえてなりません。サイレン・ホイッスルが見事にそんな後ろ向きな私の心を見透かしたように、どこかへ放り投げたような…。未来にワクワクしながら、まだまだ今を一所懸命生きていかなきゃと思う私です。

「冬薔薇」
フォスファーブロンズではなく、通常のブロンズ弦、しかもライトゲージ。そんな弦で奏でているとは思えない厚みのあるサウンドは、やはりエレアコならではということでしょうか。Rain SongDR1000の持ち味ということなのでしょうね。さださんによるこのシャッフルのスリーフィンガーは弾きごたえのあるアレンジで、ギター一本でも十分に聴かせる伴奏になってますね。ギターが単なる伴奏に終わっていないのはこの曲だけではないのですが、歌詞の内容がシビアな状況なのにこのメロディーと演奏でちょっと救われます。とはいえエンディングの下降音が暗示するのは…。(*^_^*)
いやあもう、お見事です!

Jun.さん、おはようございます。
こちらにも詳細なコメントありがとうございました。

クレジットには載せませんでしたが、実は結果的にピックにもこだわりました。
全曲ではありませんが、まさしのギターを録る時、例によって小松クンに用意してもらったギターをいくつか試し、楽器は決まったものの、わずかにしっくりこない時がありました。
僕がエンジニアの鈴木智雄さんに、「もう少し○○○ならもっと良いのだけれど・・・」などと言い、音をイコライザーなどでいじってもらっても駄目な時がありました。それを横で小松クンが聞いていて、「じゃぁ、ちょっと待ってください」と彼が言って、彼が別のピックを用意してくれたことが何度かありました。
見事に望むようなサウンドになるんですね、これが・・・。彼もたいしたものです。弾き手が優れてなければいずれにしても無理なのは言わずもがなですが・・・。

まさしはサイレン・ホイッスルのミキシング・バランスをもう気持ち大きくしたいとの思いがあったようですが、複雑で雑多なイメージになり過ぎるので、あの位で決着させました。

今回のアルバムの裏テーマのひとつは「基本的にギター1本でも充分にイメージが再現出来、聴くに堪えるものにする」ということでした。これは曲作りで意識したことですし、渡辺俊幸さんにアディショナル・アレンジをお願いする前のベイシックなアレンジをする際にも意識したことです。
実はこの「冬薔薇」に限らず、イントロ、間奏、エンディングはテイクによって微妙に異なりました。エディットの際に、フレーズとしての流れ、演奏としての流れ、粒立ち、入魂の加減などを考慮し、選ばせてもらいました。細かいところまではもう覚えてはいませんが、まさしや僕の共通のバックボーンからの影響なども感じられると思います。

八野さん、おはようございます。
お返事ありがとうございました。
ピックの話は、実は私にも全く同様の経験があります。宅録ではPCのCPUのPowerもあったり、レイテンシなども気になるので、現状はPCのDAWではななく、基本的にVS-1824CDという単体のMTRで収録・編集しています。まさしさんのようなD-45 DXではないですが、それでも私にとっては宝のD-45をコンデンサマイクで収録しています。弦にも拘りますけれど、ストロークの軽くクリアなサウンドを表現するのに、薄めのピックを使用してみたり、石川さんのような丸くてしかし透明感のあるサウンドにはこのピックかな…と。無論EQでの調整は行いますけど、それだけで思うようなサウンドを表現するのは素人の私にはなかなか難しいですし。ですから、今回のお話しでギター本体や弦だけでなく、ピックにまで拘ってのギターサウンドの創出には心から拍手を贈りたいです。毎回のことではあるのでしょうけれど、アルバムの完成度をどこまでも追求する姿勢に、プロとしての誇りとこだわりを強く感じ、感服しています。八野さんの思いを具現化する鈴木さんや小松さんをはじめとするスタッフ一人ひとりのプロとしての技術や拘りがすべて結実した結果がアルバムとして届けられているということが、八野さんのブログを拝読していて、本当によく伝わってきます。
生ギターの収録には、電子楽器のそれのように、部分的に差し替えることは用意ではありませんよね。空気感とか、響き具合、音の色合い、そして八野さんがおっしゃってみえるような入魂の加減などによって、微妙にニュアンスや一体感が異なってしまうことも多くて、ギター伴奏の完成度を高めるのには毎回苦労しています。一発で全編100%の演奏が出来ればいいのですけど。テイクを重ねつつ、完成度をどこまでも理想に近づける作業の大変さも素人の私でさえ、少しはうかがい知るところです。
作詞や作曲、それにボーカル収録だけでも非常に多くのエネルギーを使うことでしょう。その上、各局のギターの奏法やアレンジについても頭をひねり、さらには実際にそれを演奏し、パーカッションなどの味付けにも…といやはや、さださんのエネルギーは留まるところを知りませんね。その姿勢が八野さんをはじめ多くのスタッフのみなさんを熱く動かしているのだろうとも思いました。
そこに共通のバックボーンがあることが阿吽の呼吸で作品をクリエイトできる礎になっているということにも納得です。
八野さん、本当にご苦労様です。
そしてありがとうございます。

Jun.さん、おはようございます。
コメントありがとうございました。

生楽器や歌のエディットは一番大変です。
何年も前にMTR、PCM-3348を使っていた頃は自由度が低いのが当たり前でしたが、ここ数年Pro Toolsを使うようになってからは100%ではありませんが、思ったことは何でも出来てしまうので、逆に大変です。
頭の中にある理想に近づけるのは楽しみではありますが、時間や体力との闘いでもあります。

“つくだ煮の小魚”
つくだ煮の小魚が、透きとおったメダカに感じられてきてしまう不思議さ、
雨の晴れ間、水たまり、の力もあり、チェレスタとギターが、“雨やどり”に聞こえたりします。

“思い出暮らし”
中年いくらか過ぎ、ぐらいのおじさんが、若い人相手に、「あのな~・・・」、って、ちょっとばかし自分の人生経験語ってる、ってイメージ、
多分、そのおじさん、その後、順調に行ってれば、“8つ目の青春”と、子ども三人ぐらいの家族で、相変わらずの4トン車?(或いはその後もっと昇格してるかも)に乗って、波乱万丈人生かいくぐってるんじゃないかな・・・?私の勝手な妄想でした。

“冬薔薇”
カフェラテ、うーん・・今風だな・・・
昔、「死んだコーヒー」、って言葉にはドキッとしたものだった・・・
別れの風景に、こういった飲み物は小道具として欠かせないもののようで・・・

でもギター、また、なんでこんな難しいリズムに挑戦したんでしょう?
聴きながらも、最後まで大丈夫~?・・・心配になってしまうほどでした。

凛さん、コメントありがとうございました。

“冬薔薇”も“第三者”も、コーヒーを小道具に使った別れの歌ですね。

“冬薔薇”は、ギターのリズムを分析的に聴いてないと16分音符がはねている(シャッフル)とは思わないかもしれませんね。
似たようなもので、以前このブログで書きましたが、“TOTO”というロック・バンドの大ヒットアルバム“聖なる剣”の1曲目、“ロザーナ”でもドラムのリズムがやはり16分音符がシャッフルしています。発表当時、初めて聴いた時にぶっ飛びました。ドラムスの故ジェフ・ポーカロは、スティーヴ・ガッドと並ぶ人気と実力を兼ね備えた偉大なドラマーでした。

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