« 2011年03月 | メイン | 2011年05月 »

2011年04月30日

白鳥座/アルバム「DENEB」4.「先輩」

3フィンガー(ギターの奏法のひとつで3本の指を使って弾く最もフォーク的な奏法)を基調にしたフォークぽいサウンド、玲子メイン・ヴォーカルの物語ソング。
この曲もギタリストであり、アレンジャーの安田裕美さんにアレンジを依頼しました。

生ピアノと並んでフェンダーのエレクトリック・ピアノが代表的なピアノ・サウンドでしたが、この頃「ダイノマイ・ピアノ」と呼ばれるフェンダーのエレクトリック・ピアノを改造したモデルが登場しました。その音の特徴は、グロッケンやヴィブラフォン(ヴァイブ)をイメージさせるような、より澄んだピュアなもの。
このアルバムでは「道程」以外は、その「ダイノマイ・ピアノ」(実際には「コーラス」と呼ばれるエフェクターを併用)を使っています。そうすることによって、聴いてくださる方がこの曲に限らず「青春の輝きと風」をイメージ出来るようになるのではないかと思いました。
特にこの曲では、アコースティックなギター・サウンドと並んで、明るく美しい、透明感溢れるエレクトリック・ピアノのサウンドが印象的だと思います。

高比良の作品は歌詞に無駄が無く、ひとつの現象を表現するのに真正面からだけでなく、様々な角度から表現していることが特徴のひとつ。これは個人的に作詞家に求めるいくつかの要素のひとつですが、こういうことが出来ている歌詞は深みがあり、作った人の個性とその大いなる力量も感じます。
平和な日曜日の東京・新宿の歩行者天国の風景が浮かび、主人公たちそれぞれの状況やその日の行動が浮かび上がって来ます。その後のふたりの状況の変化と心情の変化も・・・。

玲子もこの作品の個性を読み取って素晴らしい歌で応えています。
前アルバムに収録した「彼女は」、「心届かぬままに」、この「先輩」、次の「川風」などが合わさって、僕の中では、後年、ソロに転向した佐田玲子のコンセプトのひとつが浮かぶようになります(悩みながらも一所懸命生活していると時が早く流れたり、時にはゆったり流れたりします。そんな中で玲子本人のように地方から出てきて都会で生活する人の心情を表現することは必然でもありました)。

2011年04月29日

白鳥座/アルバム「DENEB」3.「記念樹」

まさしが白鳥座のために書き下ろしたシングルをこちらにも収録しました(シングルと全く同じテイク)。
これはアルバム「白鳥座」の時の「心にスニーカーをはいて」と同様、玲子とメグふたりでメイン・ヴォーカルを分け合うもの。
尚、この「記念樹」は後にまさし本人がカバーし、アルバム「ADVANTAGE」に収録しています。

まさしならではのオーソドックスなバラードでしたので、アレンジは渡辺俊幸さんに依頼し、オーソドックスでありながらも親しみやすく、かつ新鮮なものにして頂きました。
玲子とメグによるメイン・ヴォーカルも「心にスニーカーをはいて」の頃よりも進化していると思います。
「心にスニーカーをはいて」では、倉田信雄さんが弾いたエレクトリック・ピアノの高い音域に向かうフレーズが印象的でしたが、この「記念樹」では高水健司さんが弾くエレクトリック・ベースの「とても とても幸せだった」のところのハーモニックス奏法が印象的なものでしょう。

このアルバムの直後からスタジオにコンピューターが導入され、作業効率も再現性も格段に向上するのですが、このアルバムまではミックス・ダウンは3人から4人でやっていました。
ミキサーと呼ばれる調整卓にコンピューターがビルトインされるようになると、調整卓でフェーダー(ボリュームのようなもの)を動かすと、それを記憶してくれます。そうすればひとつひとつの楽器や歌に対して完璧にコントロール出来ることになります。
しかしコンピューターが導入される前は、マルチ・トラック・レコーダーと呼ばれる各種楽器や歌などを録ったテープ・レコーダーを再生し、リアルタイムにフェーダーや各種ツマミを動かしてミックス・ダウンをやり、それを同時に2チャンネルのテープ・レコーダーに録音するしか方法がありませんでした。
エンジニアが調整卓中央に陣取り、かなりの数のフェーダーやツマミをコントロールし、アシスタント・エンジニアはそれをフォローしながら、別のフェーダーや別のツマミをコントロール。僕は彼らの後ろ側にあるディレクター・デスクに陣取り、そこにセレクター・ボックスと呼ばれる機材を用意してもらい、リアル・タイムでメイン・ヴォーカルの切り替えを行います。例えば1行目はテイク1、2行目の頭からテイク2で、2行目の途中からテイク3にするなど、かなり細かく切り替えて最上のヴォーカルになるようにします。
以上のようなことを全てリアルタイムに行いますので、切り替えや上げ下げが微妙に早かったり遅かったりすると、テープを止めてまた曲の頭からやり直すことになります。
参加した全員が納得するまでやるには相当な時間がかかり、切り替えやツマミのコントロールをするために頭と耳と手をフル回転しているので、1曲のミックス・ダウンが終了する頃にはどっと疲れが出ます。このようなミックス・ダウンを1日に2曲やっていました。ただこの頃はマルチ・トラック・レコーダーは24チャンネルが基本でしたので、まだリアルタイムでミックス・ダウンをすることが何とか可能な範囲でしたが、現在のように多ければ60チャンネル以上もあるようなものでは、3〜4人でリアルタイムで完璧にコントロールするのは不可能です。

2011年04月28日

白鳥座/アルバム「DENEB」2.「きみのカセットテープ」

アルバム2曲目で玲子がメイン・ヴォーカルのフォーク調の曲。

1stアルバム「白鳥座」をリリースした頃にシンガー・ソング・ライターの稲葉喜美子さんがデビュー・アルバム「愛しき人へ」をリリースしました(当時、白鳥座のメンバーとは直接の交流はありませんでしたが、玲子がソロに転校後に「シンデレラヴァージン」という曲を提供してもらっています)。
人に紹介されてこのアルバムを聴いて、彼女の個性とアルバムの素晴らしさに驚きました。そのアルバムでアレンジとギターをなさっていたのが安田裕美さんでした。
勿論、安田さんは歌心溢れるその演奏に定評がある著名なギタリストであり、いくつもの名アレンジも個人的に聴いていました。
そこでこのアルバム「DENEB」のレコーディングに入る前、安田さんに会うためにとあるレコーディング・スタジオを訪ねました。そのスタジオ・ロビーで安田さんとお会いし、意気投合した結果、数曲のアレンジを引き受けてくださることになりました。
楽器編成の他に細かい打ち合わせが必要だったために、当時発売されたばかりのポータトーンというヤマハのミニ・キーボードを持参しました。コードの確認をするためにそれを僕が弾きながらの打ち合わせしたので安田さんは驚いたようです。初めてご一緒させて頂く仕事でしたので行き違いがないようにしたかったということです。ギタリストではあっても安田さんはシンセサイザーやレコーディング機器が大好きで、色々な電子楽器やレコーディング機器の話でその後何度も盛り上がりました。

レコーディングではベイシック・トラックが終了してから、安田さんの自宅スタジオにテープを持ち込み、そこでゆっくり楽器のダビングが行われました。普通の6弦ギターの他にもナッシュビル・チューニングのギターやオートハープなども入れて、美しく仕上げています。尚、このダビングには当時新進気鋭のギタリスト田代耕一郞さんも参加しています。
イントロ、間奏、エンディングで右のチャンネルから聞こえてくる時計台の鐘のような音は、マルチトラック・レコーダーのスピードを半分にしてレコーディングし、それを本来の(倍の)スピードで再生させて作ったものだったと思います。
後日、また別のスタジオにテープを運び入れて、歌入れやミックス・ダウンを行いました。
高比良の歌詞の見事な構成力と素朴なメロディがこの曲の最大の魅力ですが、玲子の説得力あるヴォーカルやアコースティックで凝りに凝ったサウンドがバックアップしています。

2011年04月27日

白鳥座/アルバム「DENEB」1. 「42キロの青春」

2ndアルバム「DENEB」は1stアルバムから2年経った1984年にリリースされました。
1曲目を飾るのは当時(最近でさえも)ライヴで物凄く盛り上がる「42キロの青春」。
デビュー曲「かもめ」と同じような構成の曲で、メグがメイン・ヴォーカルをとり、中サビのみ玲子がメイン・ヴォーカルを担当しています。

視覚的な要素と臭覚的な要素が見事に重なり合う歌詞と軽快なサウンドが気持ち良いコントラストを放っています。
レコーディングで「かもめ」と同様、今剛さんに依頼しようとは思っていましたが、ギリギリまで繰り返し考えました。
この曲の歌詞に出てくる「LPレコード」は、歌詞で歌われたとおぼしきこのレコーディングの数年前絶大な人気を誇っていた「風」などのフォーク系のアーティストのものではなく、自分の中では「チューリップ」などのポップス系のイメージだと高比良から聞きました。
そのようなことに背中を押されて、やはり今さんにお願いすることにしました。

ベイシック・トラックのレコーディングが終わった後に、イントロ、間奏、エンディングの生ギターを録り直しました。ギターの高音の弦だけを使ったフレーズなのですが、高音弦だけを弾いていても、それら高音弦の振動で低音弦も鳴ってしまい、サウンドを濁していました。それを避けるために低音弦を切断して取り外し、高音弦だけにして、改めてチューニングをし直してから差し替えたということです。
間奏部分では誰もメロディを弾いてはいませんが、シンセサイザーのハーモニーを使ってクレッシェンドとデクレッシェンドを繰り返すことで、この曲のキーワードのひとつである「自由な風」を感じてもらうようにしました。

前回のアルバム「白鳥座」はサウンド的には低域方向が少し軽いものでしたが、このアルバムではよりフラットでパーフェクトなものにしたかったので、2チャンネルのレコーダーを38cm/sの1/4inchではなく、76cm/sの1/2inchにしました。これはレコーディング用語ですので分からない方は多いと思いますが、より情報量が多く、どっしりと安定した、レンジが広い音と解釈して頂いていいと思います(当時も今もアナログ2チャンネルの最高峰と言われています)。
今回のリマスターで、マスタリング・エンジニアの鈴江さんのお陰で、本来のコンセプトに近い、透明感・洗練・力感・音場感・拡がり感・立体感・周波数バランスなどのより一層の向上が感じられるようになりました。具体的には歌も各楽器も、全体的な音質も格段に向上したと思います。

この「DENEB」のレコーディングの直前にまさしのアルバム「風のおもかげ」を制作していました。その際、 76cm/sの1/2inchのテープレコーダーを使用してうまくいったこと、それまで一口坂スタジオの2stや1stを使うことが多かったのですが、「風のおもかげ」で出来たばかりの3stを初めて使い、音のヌケの良さ(特にスネアのサウンドがかなり理想的なものに出来ることに驚きました)を実感したこともあって、「DENEB」は前もってシングルにしていた曲を除き一口坂の3stでミックス・ダウンをしました。
それにより全体的なサウンドの向上と共に歌やスネアの音もより素晴らしいものになっていると思います。
尚、このアルバムにはスポーツを意識した曲がいくつか入っていますが、この「42キロ」はマラソンではなく体重です。

2011年04月25日

白鳥座/アルバム「DENEB」のレコーディングに向けて

1983年に初代リーダーだった森谷有孝さんが家庭の事情でグループを離れました。
リード・ギターを弾け、コーラスが出来るメンバーがどうしても必要で、メンバーを募りましたがなかなか見つかりませんでした。
グループとしても尻に火が付いた状態で、焦りが出始めました。僕としては藁をもつかむ気持ちで母校の大学に探しに行きました。いくつかの音楽サークルに声をかけ(僕はそのうちのひとつの出身でした)、探し回りました。

そんな中、複数の音楽サークルから推薦されたのが土井晴人でした。そこでワーナー・スタジオで正式にオーディションをし、数人の候補者の中から彼を選びました。オーディションの審査員はまさし、渡辺俊幸さん、繁理社長、そして僕の4人で、ギターやコーラスなどの音楽的な力量、メンバーとの相性、雰囲気などを中心に決めました(実際の年齢も晴人が一番若かったこともあり、メンバー内の末っ子的なイメージになりました)。それまで彼はソロでやって行こうとしていたため、リード・ギターはほぼ未経験でしたが、将来性を見込んでのメンバー入りでした(実際に候補者の中で彼が一番輝いていましたし、フレッシュでもありましたので全員一致で即決でした)。
そうして「第2期白鳥座」がスタートを切ることになりました。
自分が目指していたことと現実とのギャップ、いきなりプロとして人前に立たねばならないプレッシャー、プロ仕様の本格的でシビアなレコーディングなど、晴人は大変だったでしょうが、よく頑張ったと思います。

2011年04月24日

白鳥座/アルバム「白鳥座」10.「ターミナル」

アルバムのラストを飾るメグが歌ったバラード。
白鳥座のほとんどの曲を作っていた高比良とは、当時お互いの家を行ったり来たり
し、泊まり込んで様々な話をしました。
そんな中で意見交換したり、確認作業もしました。

分かっていたことではあっても確認したかったことのひとつが、この「ターミナル」の1行の歌詞「心変わりの君を許せないほど 愛していたわけでもない」でした。
「勿論、表面的な言葉通りではなく、男の強がり、というか見栄」という意味の返事があったので、安心して考えていた通りのコンセプトでアレンジを服部克久さんに依頼しました。それは透明感であり、哀しみであり、心情的な寒さであり・・・(例えばナッシュビル・チューニングのギターを使ったり、羽田健太郎さんの弾く哀しみの表情溢れるピアノにエフェクターをかけて寒さや透明感が増すようにしています)。
そんな主人公たちをめぐる風景と心情を音楽全体で表現することが出来ました。

尚、作者の高比良本人が「向かいのデパートの白い手袋のエレベーターガールの笑顔がちょうど僕を見て笑ったように黄色いスカーフが揺れた、というフレーズを思いついたので、この曲のグレードが上がったと思う」と僕に語ったのを今でも覚えています。

最後になりましたが、メインのヴォーカルを担当してなかったり、自作曲も多くはなかったので当時の白鳥座のリーダーだった森谷さんの存在感は大きくはないと思われる方もあるかもしれませんが、安定感のあるギター・プレイと共に、長男の高比良、長女の玲子、次女のメグを、自由にさせ、困ったことがあったら助けて上げるから、という風に静かに見守っていた彼の瞳の温かさと父親のような存在感は凄いと思います。

2011年04月23日

白鳥座/アルバム「白鳥座」9.「日めくり」

デビュー・シングル「かもめ」のカップリング曲で、玲子のメイン・ヴォーカル曲。
このアルバムのライナーにも書きましたが、「かもめ」と「日めくり」の質感やサウンドはかなり異なるものであり、この幅こそが「白鳥座」の音楽性でもありました。このアルバムは、その両端の間をうめるイメージで制作しました。

アレンジは当時のさだまさしのバック・バンドのピアニストであり、松田聖子さんのアレンジもなさっていた信田かずおさんにお願いしました。
歌詞やメロデイの個性からして、洗練という言葉よりも、オーソドックスという言葉の方が似合うこともあり、少し古いようなノスタルジックな世界を目指しました。
特にこの曲は最初期の玲子の名唱のひとつであり、彼女の代名詞のひとつでもありました。
この曲もマスタリングでサウンドや歌の中低域の薄さを補い、音楽全体の安定感もかなり改善されたと思います(勿論、それと同時にサウンド全体のヌケも良くしています)。特にエンディング直前に出てくるバスタム(ドラムスの中でも低い音を担当するもの)の音もイメージ通りのものに近づきましたので、「振り切る」気持ちをより強く表せるようになったと思います。

ただこういうオーソドックスでノスタルジックなサウンドは一歩間違えると古くさいものであると誤解されがちです。そこで各所に出てくる「ウー、アー」コーラスのレコーディングは、ドルビーと呼ばれるノイズ・リダクションを入れて録り、ミックス・ダウン時には外して音作りをしました。そうすることによって、コーラスの声質がさらさらした、洋楽っぽく、カッコイイものになったと思います。
またイントロのピアノのメロディ部分を別録りして、それにディレイをかけて、懐かしくもあり、少しオシャレでもあるようにしました。

2011年04月22日

白鳥座/アルバム「白鳥座」8.「サークルゲーム」

メグのメイン・ヴォーカル曲で、いわゆる三角関係の哀しい恋を描いた作品。
元々シングル「心にスニーカーをはいて」のB面でしたが、音楽評論家の富澤一誠さんがこの曲を絶賛してくださったことを今でも鮮明に覚えています。

アレンジは渡辺俊幸さんにお願いしました。しかし彼はこの曲のアレンジが凄くやりづらかったようでした。確かに2ビートのポップスのアレンジは一歩間違えるととても古くさく、洗練という言葉からは程遠いものになってしまいます。
間奏のアコーディオンにより、晩秋の風景が目に浮かぶようでもあり、深い哀しみを誘うようにも感じられるのではないでしょうか。

この曲はある意味で突き放したような、客観的な歌詞を持っているため、歌い手の感情が過度にならないように表現してもらっています。そうは言っても歌入れの時、特に「なんだか冷たくなった」のところで自然に目線が落ちるような、哀しい気持ちが滲み出てしまうような表現をしてもらっています。

今回、マスタリングで特に中低域を補い、アルバム全体の中でサウンド的に浮いてしまうことがないようにすることを目指しました。

2011年04月21日

白鳥座/アルバム「白鳥座」7.「深夜放送」

唯一の高比良のメイン・ヴォーカル曲。
この曲もアレンジは渡辺俊幸さんにお願いし、ラジオの深夜放送で流れていたようなアメリカン・ポップスのイメージを出しています。
現在50歳以上の人は多かれ少なかれラジオの深夜放送に影響を受けて育っていると思いますので、シチュエーションからも共感を呼びやすいのではないでしょうか。

このメイン・ヴォーカルはダブル(音程もリズムも完璧を目指して2つ録って、それをほぼ同等のバランスでミックスしています)にすることによって、本来の彼の声よりも柔らかいイメージを出すようにしています。

この曲に限らず、当時の歌入れやミックス・ダウンは大変でした。
最近では歌(メインもコーラスも)は、たったひとつの音であっても必要に応じて別のトラックのものを使って完璧なものを「エディット」と呼ばれる作業で作ることが出来ます。
当時はレコーディングやミックス・ダウンそのものにコンピューターやProToolsを使ってない時代でしたので、単語位の長さであれば別テイクを使えましたが、ミックス・ダウン時にリアルタイムでひとつの音を差し替えるのは困難を極めました。ですから、実際に歌入れする時に様々な工夫が必要になりました。この曲では例えば「プレゼント」の「ト」の部分で特に柔らかい音を出すことに気を付けるようにしてもらったように記憶しています(メロディーの流れからすると普通に歌うと「ト」だけが強くなってしまいます。ミックス・ダウンでミス無く「ト」を適正レベルに下げ、次に「した」を適正レベルに上げるのもかなり大変です)。
録ったいくつかのテイクをつなぎ合わせて最高のOKテイクを作り上げるのがレコーディング・ディレクターの役割のひとつですから、最終的な仕上がりを想定するだけでなく、理想に近づけるために録る段階から今以上に気を配ることが大切でした。
ですから実際に歌う方も今以上に大変だったと思います。

個人的には思春期の希望と不安を思い出させられ、胸キュンの曲でもあります。

2011年04月20日

白鳥座/アルバム「白鳥座」6.「ひとつ覚えの歌」

元々はB面の1曲目でしたが、評判が良かったので後にシングル・カットした玲子とメグによるメイン・ヴォーカル曲。
夜のイメージがあるシティ・ポップスっぽくもあり、歌謡曲っぽいものでもあることをめざし、アレンジを渡辺俊幸さんにお願いしました。
オシャレで都会的でありながら、親しみやすいものになったと思います。

実はシングルとアルバムは区別せずにレコーディングを進めました。正確に言えば、渡辺俊幸さんのアレンジによるものは彼が帰国してからのレコーディングですので、1981年に彼のアレンジ以外のものは終わらせていたということです。

今聴いても各ミュージシャンの演奏は見事です。山田秀俊さんによるエレクトリック・ピアノやアコースティック・ピアノの下降するフレーズと共にジェイクさんのアルト・サックスのソロが非常に印象的で、オシャレで夜の都会的なイメージを増長させてくれています。
僕の周りではこの曲を白鳥座のベスト・ソングと考える方は多いです。

2011年04月19日

レコーディング・スタジオを抜け出して・・・

4月11日の夕方でさだまさしの曲作り、デモ録音が終了しました。
11日夜と12日は「題名のない音楽会」特別番組のリハーサルと収録でサントリーホールにいました。
佐渡裕さん指揮による東京フィルハーモニー交響楽団の演奏で、ゲストはまさしの他、Chageさん、平原綾香さん、クラシック界からはソプラノの森麻季さん、テノールの福井敬さん、メゾソプラノの谷口睦美さん、ギターの村治佳織さんら多数(順不同)。
中々感動的な演奏会だったと思います。オン・エアーをどうぞお楽しみに!

下記URLをご覧ください。
http://www.tv-asahi.co.jp/daimei/

白鳥座/アルバム「白鳥座」5.「心届かぬままに」

当時のA面5曲目で、こちらもメグのメイン・ヴォーカル曲。
故郷に恋人を残し東京に出てきて、夢を追い続けて暮らしている男の歌。
通常同じメイン・ヴォーカリストのものを曲続きにはしないのですが、この場合はテーマ的に対比させるために敢えてこの曲順にしました。

「かもめ」と同様、この曲もアレンジを今剛さんにお願いしました。
メジャー・セブンス系の曲ですので、元来透明感ともの悲しさを持っていますが、それを押し進める形でアレンジをお願いしました。間奏のソロをヴァイブとE.ピアノのユニゾンにすることでよりその世界を表現出来たとも思います。レコーディング前、ヴァイブの奏者を手配する依頼が今さんからなくて不安だったのですが、キーボーディストの井上さんがヴァイブも演奏してくださいました(井上さんはアドリブで、E.ピアノで間奏のフレーズを弾いた後、録ったものを何度か聴き返してフレーズを覚え込んで、ヴァイブを演奏しました)。

2コーラス目冒頭の「はぐれ雲ひとつ 西の空に」のメイン・ヴォーカルにディレイをかけているのですが(エンディングのスキャットにも)、そうすることによって「はぐれ雲」を連想するようにしています(勿論、その部分はベイシックのコードが変わらないので可能でした)。
また2コーラス目のサビで16小節の全員のコーラスが登場します。あたかもサンプラーでやったかのようなブレスの無いものにしたくて、4小節+2拍くらい録ってから、5小節目からパンチ・イン(※)するという手法を繰り返して、そのコンセプトを実現させました(そうすることでブレスやつなぎ目が無くなることになります)。
この曲のコーラスにはブレスが存在しないことにお気づきでしたでしょうか。

※パンチ・イン 通常は演奏ミスなどによる録り直しのために、部分的に録音をし直すことがあります。部分的な録音を始めるところでパンチ・インし、部分的な録音を終えるところでパンチ・アウトします。

2011年04月18日

中止 及び 延期

ご存じの方は多いと思いますが、4月26日に予定されていたさだまさしのミューザ川崎シンフォニーホールでのコンサートが中止になりました。
こちらは払い戻しとさせていただきますので、お手持ちのチケットは大切にお持ちください。
購入されたプレイガイドで本日から5月9日まで払い戻しが行われます。下記のURLをご覧ください。
http://www.sada.co.jp/index.html

5月23日に予定されていた、さだまさしの国際フォーラムでのコンサートが7月24日に延期になりました。
詳細は下記URLをご覧ください。
http://www.joqr.co.jp/saigai/2011/04/523.html

白鳥座/アルバム「白鳥座」4.「彼女は」

メグがソロを取ったアルバムの4曲目。
故郷を離れ都会に出て働いているOLの心の葛藤を描いたバラード。
アレンジは井上鑑さんにお願いしました。
編成はピアノ、ギター、ベース、パーカッション、ストリングス。アレンジの打ち合わせの際、こちらから楽器編成や全体のコンセプトとイメージを伝えました。
井上さんのアレンジのお陰もありサウンド全体が美しいものになっていますが、カノンぽいフレーズを多用した弦が特に印象的で、音楽全体を現代的で洗練されたものでありながら、アカデミックで普遍的なものにすることに貢献してくれています。
メグのメイン・ヴォーカルもよく出来ていると思いますが、今回のマスタリングでより美しい響きになり、歌詞の内容と相まって聴く度に涙がこぼれそうになります。
最後のコーラスも印象的だと思います。

高比良が作る歌詞で上手いと感じるところは、例えばこの曲では「人いきれに浮かぶように ルージュだけが赤い」というところ。
この表現だけで、寒い季節であり、ある程度混んでいる電車であること、つまり寒い時期の人混みの中であるからこそ、主人公がより強い孤独を感じていることが分かります。ひとつの現象から様々なことを感じさせたり、情景描写をしているのにそれが実際には心理描写になっていたり。モノトーンと鮮やかな色との対比を上手く使っていたり。
最近はそういう多様な表現が出来ている歌詞は少なくなりました。これは個人的にはとても残念なことです。
また、最後の「彼女は・・・」という部分のメロディは終止形ではなく、敢えて不安定さを感じさせるコードの上に成り立たせています。そうすることによって、その後の主人公がすぐには結論を出せずにいる状態が続き、心の葛藤もしばらくは続くであろう事を想像させるようになっています。

2011年04月17日

白鳥座/アルバム「白鳥座」3.「心にスニーカーをはいて」

さだまさし書き下ろしの「心にスニーカーをはいて」は白鳥座の2ndシングルになり、当時全日空のCMソングにもなって、お茶の間に浸透しました。
これをアルバムの3曲目にしました。野球で言う3番バッターとか4番バッターというイメージです。

曲の前半(いわゆるAメロ)を玲子が歌い、サビをメグが歌うという白鳥座の黄金のパターンです。アレンジはアメリカ留学から帰った渡辺俊幸さんにお願いしました。
彼のオーソドックスさとヘンテコさ(勿論、いい意味です)が同居した素晴らしいものになったと思います。まさしは当時、「ナベちゃんのヘンテコ・リズム」とよく呼んでいました。このアレンジのサビのスネアのリズムをお聴きください。「ヘンテコ・リズム」を体感出来ると思います。

この曲も当時の(今でも)一流ミュージシャンの方々にお願いしました。僕がベイシック・トラックのOKテイクを決める時、ミスが無いのは勿論のこと、こちらサイドのコンセプトにどれだけ沿っているかがまず第一ですが、その他にそれぞれのミュージシャンの個性がどれだけ発揮出来ているか、ということも重要なポイントとしています。
この「心にスニーカーをはいて」では、歌の最後あたりで倉田信雄さんが弾くE.ピアノのリズミックな高い音程に進むフレーズの存在が重要なポイントでした。そういう所謂美味しいフレーズはサウンド全体を引き締め、歌い手ばかりでなく、聴き手の気持ちをも高揚させると思います。
この曲だけではなく、レコーディングのリハーサルの時、各ミュージシャン毎に美味しいフレーズが出ると、プレイバックの時にそれを彼らに伝えて、忘れないようにしてもらっていました(何度かリハーサルした後、一度試しに録ってみます。演奏者全員コントロール・ルームに戻って来てもらって、それを一緒に聴き、その後、彼らとディスカッションしてから本番のテイクを録ります)。

2011年04月16日

白鳥座/アルバム「白鳥座」2.「画用紙」

アルバム2曲目で佐田玲子のメイン・ヴォーカル曲。
これはフォークっぽくオーソドックスにやりたかったので、服部克久さんにアレンジをお願いしました。
白鳥座が当時ステージでやっていたアレンジをベースにして、それをより洗練させたものにした上で、ストリングスを加えて頂きました。
谷康一さんにナッシュビル・チューニングの生ギターも入れて頂き、サウンドがより繊細にして美しいものになったと思います。

歌入れの際、玲子もよく応えて素晴らしいものになったと思いますが、当時のモニター・スピーカーの個性やスタジオ機材の個性などの問題で、結果的にメグや玲子の歌の中低域が多少薄く、中高域が多少キンキンする傾向がありました。またベースよりもキック(バスドラム)が目立ち、タムタムが薄く、スネアがつまっている印象がありました。
そのあたりを中心に今回のマスタリングで調整しましたので、LPの時以上に声は瑞々しく甦っており、より美しく滑らかなものに出来ましたし、全体的なサウンドも厚く、より安定したものになったと思います。
ちなみに当時は低域を厚くするとLPの音が歪む要因になりましたので(特にレコードの内周になると、つまりそれぞれの面のラストの方になると音が大きかったり、低域にインパクトがあると音が歪む原因になりました)、ミックス・ダウンもカッティングもそれを見込んでやらなければならないので苦労しました。
80年代後半にCD時代に移行した時、一番助かったのがラスト近くの曲でもレベルを下げずに済むことでした(さだまさしも白鳥座もラストにはバラードを配していましたので)。

2011年04月15日

白鳥座/アルバム「白鳥座」1.「かもめ」

ご存じ白鳥座のデビュー曲。
当時の関係者全員でデビュー曲をどれにするかで悩みに悩んだあげく、総合プロデューサーであるさだまさしの意見で「かもめ」になりました。
曲の出来やレコーディングの出来だけでなく、歌詞の最初が「あ」で始まるものは明るくインパクトがある、ということが要因だったと記憶しています。

元々この曲のアレンジをどなたにお願いするか随分悩みました。
彼らのデビューした1981年はアレンジャーの渡辺俊幸さんはまだアメリカに留学中でした。
アルバムのアレンジャーのひとりはまさしからのリクエストもあって井上鑑さんに決めていましたが、この「かもめ」は井上さん同様に当時人気実力とも最高のバンドのひとつだった「パラシュート」のメンバーだった今剛さんにお願いしました。
パラシュートはキーボードの井上鑑さん、ギターの松原正樹さんと今剛さん、ドラムスの林立夫さん、パーカッションの斉藤ノブさん、ベースのマイク・ダンさんらがメンバー(順不同)で、白鳥座のアルバムで今さんや井上さんがアレンジした曲ではレコーディングもほぼこのメンバーで行いました(それにしても凄い人達! ほぼ同時期に井上さんがアレンジし、今さんやベースの高水健司さんらと共にバックを努めて大ブレイクしたのが寺尾聰さんの「ルビーの指環」でした)。
今さんとキーやヴォーカルの歌い分け部分などの確認をした後、「フォークというよりもポップス的、ロック的、間奏のソロはE.ギター、青空・広い風景・空の高さが見えるようなサウンド」などを意識してもらうようお願いしました。

「災い転じて福となす」的な歌詞を持ったこの曲で、メイン・ヴォーカルのメグだけでなくそれ以外のメンバーの歌(コーラスを含む)も、説得力、拡がり、インパクト、爽やかさなどをよく表現出来ているものになりました。この曲を聴く度に、この歌詞に登場する人達には幸せになって欲しいと思わされ、気持ちが前向きになれる気がするのではないでしょうか。
当時としてはレコーディングもミックス・ダウンもうまくいったとは思いますが、今回のマスタリングで本来のコンセプトにより近づいたと思います。
尚、2コーラス目(「ちょいと知れた顔」あたり)の井上鑑さんが弾く変拍子をイメージさせるピアノのリズミックなフレーズ(ステレオやヘッドフォンで聴くと左右の中央あたりに定位すると思います)は今さんの書き譜ではなく、井上さんのアドリブ。それがカッコ良く見事に決まったので、繰り返しの部分(偶数回目)では今さんがE.ギターでユニゾンのフレーズ(左チャンネル)を重ねています。また、間奏のE.ギターはミックス・ダウンで「かもめ」が青空を左右に飛び交うイメージの音にしています(当時使っていたAPIの調整卓に内蔵されていたジョイスティック式のエフェクターを使用)。

このレコーディングはデジタルの48チャンネルのマルチ・トラック・レコーダーが登場するよりも遙かに前で、アナログの24チャンネルのものを使っていました。したがってメイン・ヴォーカルに3チャンネル(この場合は玲子のメインも含めて)、コーラスに2チャンネルしか使えませんでした。
コーラスを録る時には1本のマイクの前にコーラスの3人が立ち、それぞれがかなり音量差がありましたので、マイクまでの距離で音量をコントロールしていました。たいてい高比良が一番遠くに立ち、その次に遠いのが玲子でした。
そうやってコーラスは2回同じものを録って、両方使っていました(これがダブルということです)。時にはメイン・ヴォーカルもダブルにしていました。
ミックス・ダウンもコンピューターなど使えない時代でしたので、全てリアル・タイムで行っています。

2011年04月14日

発売延期

白鳥座の復刻CD「白鳥座」と「DENEB」の発売日が5月18日に変更になりました。
尚、レコード会社からの情報によると、4月29日のライヴでの先行販売は予定通り行われるそうです。

このことは本日の白鳥座blogでもご案内しています。
http://blog.livedoor.jp/hakuchoza/archives/1624612.html

超優秀録音盤

いつもお世話になっている関口機械販売(Acoustic Revive)のブログで石黒謙さんが、超優秀録音盤のひとつとしてチキガリのアルバム「笑わなしゃーない」を紹介してくださいました。
いつもありがとうございます。

URLは
http://www.acoustic-revive.com/xoops/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=1109&forum=1

2011年04月03日

生さだ特番

既にご存じの方は多いと思いますが、来る4月8日(金)の深夜(正確には4月9日(土) 0:15〜1:55)に「NHK 今夜も生でさだまさし」の特別番組をやることになりました。

NHKに「こんな時だからこそ、生さだを観たい」というリクエストが全国から多数届いたそうです。
これに応える形で、「さださんサイドが出演を引き受けてくれれば、今回緊急に、特別に放送枠を作る」という異例の措置がとられたと聞きました。

番組の詳細は下記URLをご覧ください。
http://www.nhk.or.jp/masashi/