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2011年06月30日

インストア・ライヴ

白鳥座のインストア・ライヴが決まりました。
詳細はまだ決まっていませんが、下記URLをご覧ください。

http://blog.livedoor.jp/hakuchoza/archives/1653210.html

2011年06月28日

明日への活力

アルバムのレコーディングが終了した後も目まぐるしい日々を送っています。
スタジオにあるハードディスク、譜面などを取りに行ったり(これがかなりの量なので一度で運びきれません)、コンサート「Sada City」のリハーサルと本番、番組収録の打ち合わせやそのリハーサル、玲子とのレコーディング打ち合わせ、チキガリのコンサートとレコーディング打ち合わせ、スタジオの下見などなど。

昨日、神戸から帰京し、やっと自宅で食事が出来ました。少し大きめのお猪口一杯の日本酒を自宅でチビチビやりながら一息つくのは最高の気分で、その後にCDを聴いたり、DVDを観たり出来ると、また次の仕事に向かう気力が沸き上がってきます。

このあと午後一番にある方とお気に入りのティールームで打ち合わせをしてから相模大野に向かいます。

最後になりましたが、コンサートにご来場の皆様に感謝しています。
ありがとうございます。
アルバム「Sada City」の発売まであと1週間となりました。
こちらも是非お聴きください。きっと明日への活力を得られるものと思っています。

2011年06月07日

遂に完成!

さだまさしのアルバム“Sada City”が遂に完成しました。

今年1月18日からスタジオにこもり、曲作りに突入しました。
しばらくは音楽的、テーマ的に様々な可能性を検討し、断片を作る作業に没頭していました。
そして2月、「街(町)」をテーマにアルバムを作るというところに収斂されて行きました。元々僕自身は、この閉塞感のある時代を生きる人々に元気と勇気を出してもらえるようなものを望んでいました。
人々の生活の基盤である「街(町)」をテーマにして、そこに生きる人を描き、美しい町を描き、人と人の、或いは人と自然のふれあいを描いていったら、きっと素晴らしいアルバムになると思いました。

そして具体的な曲作りに入って行きましたが、それでも作り手はそれまでの自分の殻を破るようなものを作りたいと常に考えるものなので、おそらくまさしの中では「作っては捨てる」ことが繰り返されていたはずです。
そして3月に入った頃からぼちぼちと曲が出来始め、デモを録音して行きました。
そしてあの3月11日を迎えました。

何ということでしょう。表現が適切でなかったら、ひたすら陳謝するしかありませんが、「元気を出してもらおうと街(町)を作って(描いて)いたのに、現実の町が、人が、自然が、心が・・・」。
まさしも僕らもしばらくは言葉もなく、心の中でひとりでも多くの被災地の方々の無事を祈るしかありませんでした。本当に無力でした。勿論、僕らがこもっていたスタジオもかなり揺れ、何度も非難しました。外では東京タワーが揺れていて、タワーが倒れることも怖れました。

その後、何日も何日もまさしや僕らはそのまま続けるべきか、曲作りやレコーディングを止めるべきか随分と悩みました。
しかし、大きな被害を受けてない地域の人達が元気を出し、それまでやって来た様々な仕事・作業を続け、経済活動をして行かないと、結果的に物心に渡って復興の助けが出来ません。勿論、何らかのメッセージを発信して行き、少しでも東北地方を始め日本全体が元気になることへのお手伝いをしようという考えに皆が向かうようになりました。
そして震災から丁度一ヶ月後の4月11日夕方に全ての曲が出来上がりました。勿論、その後も様々に手を加えて完成度を上げる努力はして行きました。

4月下旬から本格的なレコーディングを開始し、倉田信雄さんのアレンジの2曲や渡辺俊幸さんアレンジの8曲のまさしが弾くベイシックのギターを録って行きました。
5月9、10日に演奏部分のレコーディングの山場を乗り切り、その後も細かい部分を手直ししたり、加えたりを繰り返して行きました。
ところが歌入れを開始しようとしたら、まさしが風邪をひいてしまい(それまでのハード・スケジュールがたたったようです)、歌入れは1週間ほど延びました。と言ってもまさしは休んでいた訳ではなく、毎日スタジオに来ては歌入れのトライをし続けました。彼にとって満足な声が出ないとその日の作業はエディットに振り替えました。
そして本格的な歌入れが始まり、何曲か歌が録れた頃、今度はハードディスクがクラッシュ。これには僕らスタッフは愕然としました。
バックアップは毎日取っていたので事なきを得ました。その後は、比較的順調に歌入れ、エディット、ミックス・ダウン、マスタリングが進んで行き、6月3日深夜に全ての作業が終了しました。
十幾つものトラブルを乗り越えてアルバムが完成した時には涙が出そうになりました(ひとつのプロジェクトで十幾つものトラブルは今までに経験した事なんてありません)。
全ての関係者の皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。